『復讐を終えた男と』

 俺はその日、復讐を終えた。

 なんで復讐をしたのかは自分でもよく覚えていない。自分が大事にしていた信念を踏みにじられたのかもしれない。寄り添うべきだった誰かを殺されたのかもしれない。ただ単に、復讐しようとした男が気に入らなかっただけなのかもしれない。

 よく覚えていないまま、俺はそいつに銃弾を叩きこんだ。

 太ももに一発、両腕に一発ずつ。致命傷ではないが、運が悪ければ死ぬ。いい塩梅だった。

 俺の人生は情けない人生だった。誰の役にも立たない人生だった。人に嘲られるだけの人生だった。

 でも、最後にすました顔の奴を、当たり前に誰かを踏みにじってきた奴の顔を歪められたのだったら。

 俺はそれで充分だった。

 腹に銃弾を食らいながら、笑って逃げた。ざまあみやがれ。お前は見下した奴の傷で死ぬ、死ななくても一生残る痛みを抱えていくのだ。

 膝から崩れ落ちた。視界が暗い斑点に侵されていく。

 死ぬのだ。と思った。それでいいと思った。

 笑って目を閉じた。ここが終点だ。

 最期に頬に冷たい感覚があった。涙か雨かはよくわからない。

――――――――――――――――――――

 私はある日、死にかけの男を拾った。

 ドクターに見せたところ、死にかけだが一応生きているそうだ。ただ、意識が戻っても、手足に不自由が出るかもしれないとのことだった。私はとりあえずその男を病院のベッドに寝かせて、適当に面倒を見ることにした。

 そして、その日はベッドのシーツの交換の日だった。寝たきりの人間のシーツを変えることにどれほどの意味があるのかわからないが、意識がない人間だって不快に感じているのかもしれないし、何より不潔は体調の悪化につながるかもしれないので、とりあえずその日はベッドのシーツを変えると決めたいたのだ。

 ドアノブをひねって、病室に入った時点で違和感に気が付く。男の目が覚めている。

 「目、覚めたんですね」

 私がそう声をかけると、始めぼうっとしていた男の目に警戒の色が宿る。ただ、私の看護用の服を見て少し警戒が緩んだ。

 「誰だ、あんた?」

 「ここの看護師ですよ」

 「病院か?ここは」

 「ええ、街のはずれの小さな病院です」

 そこで、男は何かをしようとして、ぐっと呻きだした。動かそうとした手足が動かないのだろう。

 「壊死しているかもしれないから、無理に動かさないほうがいいですよ。役立たずさん」

 「動かない、のか?」

 「リハビリ次第でしょうけど、しばらくはきついでしょうね」

 私は取り合えず男の隣に座って様子を観察する。顔色は少し青いが異常はない、脈拍や目の挙動も正常に見える。私は手を男の首に当てて体温を測る。一瞬、逃げようとされたが、無言で捕まえた。

 「ん、大丈夫そうですね。手足以外にしんどいところはないですか?」

 「・・・金ならないぞ」

 「知ってます、持ち物は改めさせてもらいましたから」

 微妙にずれた質問が返ってきたが、嘆息もせず返答する。意図が読めるだけいつも、相手している子たちよりはましである。

 「なんで助けた?」

 「さあ?うちのドクターの方針ですので」

 「・・・」

 「とりあえず、それだけ喋れたら大丈夫そうですね」

 私は窓を開けて外でシーツを取り込んでいた子たちに声をかけた。

 「みんなー、役立たずさんが目を覚ましたから、お世話してー」

 子どもたちははーいと返事をすると、そのままぞろぞろとドアまで回って部屋に向かってくる。一人、窓の枠を乗り越えようとしたので、額をはじいておいた。

 「なん・・・・だ?」

 困惑している男の周りを子どもたちがやいのやいのと囲っていく。一人が車いすを持ってきて、五人がかかりでベッドから移動させる。ベッドから出たのを確認したら、私がシーツをパパっと回収する。その間に掃除の子と花瓶を替える子がおのおのの役割を済ませていく。

 「じゃあ、シーツを干すついでに外にお散歩にでも行きましょうか」

 はーいと子どもたちが答え、男は相変わらず状況が呑み込めないまま、なされるがまま子どもたちによって運ばれていく。ちょうどその日外を散歩するにはいい天気だった。気持ちが良いので、私も深く深呼吸をして流れる風を肺にためる。

 子どもたちの押す車いすの隣を同じペースで歩く。ああ、今日はいい日だと、信心深くないのに神に感謝したくなる。

 「・・・なんで助けた?」

 「ドクターの、――ー」

 「じゃあ、そのドクターは何で意味もなく人を助けろなんてことを言う?」

 「・・・」

 「いっちゃあなんだが、俺は後ろ暗い人間だ。人だって殺したことがある。恨まれて殺し返されても、文句が言えん。こんな、子どもを囲うような施設に金もない奴を無駄に養い続ける余裕があるとは思えん」

 「・・・」

 「それにさっきあんたもいったろ、役立たずだ。俺は。もう、手足が動くかさえ、わからん。いるだけだ無駄だ。それに・・・」

 「それに?」

 「・・・それに、俺はもういいんだ。あそこで俺の人生は終わってよかった」

 ため息はつかなかった。それが私自身との約束だったから。

 「・・・あなたの右隣の子、目が見えないんです」

 私がそういうと、その子ははーいと声を上げた。は?と男は私の返答をいぶかしんだ。

 「今、車いすを押している子は指がまともに動きません」

 にひひ、と後ろにいる子が笑った。

 「先に歩いて行ってる子は・・・私もよくわかりません。ドクターは病気だと言っていましたが、とりあえずしゃべることができません」

 「この子たちもいわばあなたと同じ役立たずです。雇うにはコストが高くて、まともにお仕事もできません。正直、いるだけ無駄なのかもしれません」

 「だったら・・・」

 いつか、ドクターが私に言ったことを思い出した。

 「でも、そういう人たちって見捨てられるとどうなると思います?」

 「・・・?」

 私はニコッと笑った。いつかの誰かを思い出しながら。

 「人を恨み始めるんです」

 「自分の抱えたやるせなさとか、無力感とか、劣等感が積み重なってどこにも行けなくなって、人を恨むことでしか、人と関われなくなるんです」

 私は小さな、秘密を話すみたいに男の人に耳打ちをした。

 「だからそうならないように、あなたを拾ったんです」

 「役割があれば、少なくともこの子たちはいるだけ無駄にはなりません」 

 「あなたが誰かを恨まないように、そして、あなたを助けることでこの子たちが誰かを恨むことがないようにするため」

 「この子たちの役割は役立たずのあなたの世話をすること、そしてあなたの役割は役立たずのこの子たちに意味を与えることです」

 「よろしくお願いしますね、役立たずさん」

 男は私のそんな話を黙って聞いていた。唖然としていたようにも見えたし、言葉を失ってしまったようにも見えた。

 子どもたちは口をそろえて、よろしくお願いしまーすと合唱した。喋れない子は手を振った。

 私はそのまま数歩進んで、男のことは振り返らなかった。後ろで、涙をすする誰かの声がした気がした。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。