『「邪悪」No.86』

森の奥には、邪悪な生き物が生息する場所があると、死んだおじいちゃんから聞かされていた。

そこは本当に空気が淀み昼間でも光がほぼささず、水も濁り入ってくる水もなければ出て行く水もない沼があるそうだ。

そこには邪悪な生き物が潜んでいる。

うっかりそこを通ってしまったものは、二度と戻って来れない。

少年はおじいちゃんに聞いた。

「その邪悪な生き物ってどんな生き物?」

「そうさなぁ、色んな話は聞くよ。
首が三つあるだの、鉄より硬いウロコで覆われてるだの、大きな羽が生えとるだの、口から火をふくだの。
しかし、そんなのはきっとデタラメさ」

「どうして?」

「そりゃそうさぁ。
行ったものは二度と戻ってこないのだから、見た奴がここらにおるわけがない」

「でもさぁおじいちゃん、二度と戻って来れないのも噂なんでしょ?」

「そうじゃなぁ、それも噂と言えばそうなるのぉ」

「でしょ。
だからひょっとしたら、そういう場所も無いのかもしれないよ」

「ほぉー、面白い事を言うのぉ」

こんなやり取りをしたのも昔の話。

そんなおじいちゃんも数年前に行くへ不明になった。

村の者たちは皆、邪悪な生き物に飲み込まれたと噂していた。

少年は思う、あんなにピンピンしたおじいちゃんが急に居なくなって帰ってこないなんて、なんかおかしいよ。

絶対に邪悪な生き物とかじゃないよ。

少年はおじいちゃんを探して旅に出ることにした。

もちろん、おじいちゃんが言っていた、その邪悪な生き物が生息する場所をめがけてだ。

村は大きな丸太の壁で囲まれている。

入り口は二箇所ある。

村の者の出入りは比較的自由である。

ただ出る時は何処へ行くのか、いつ戻るのか、それだけを伝えるのが義務化されている。

少年は門番に言った。

「森へ行って木の実と薬草を集めてきます。
戻りは夕方の日が暮れかかった頃」

それだけを伝えて門をくぐり出た。

村の外は村の中と大して変りない。

村の外にも少しだが家は点在する。

村に縛られるのが嫌な連中やら、村から追われた連中やら色々だ。

少年は点在する家々も通り抜け、真っ直ぐ先にある山の方角を目指した。

その途中にある森の奥に、邪悪な生き物が生息する場所がある。

一時間ほど歩いて少年はついに目指したその場所辺りに着いた。

何も感じない。

自分の後ろにある森と目の前の森は、別になんの変わりもない。

間違えたのか?いや間違える筈はない。

やはりここから先がその場所なのである。

少年は少しドキドキしながら進んだ。

突然森が開けた。

目の前には少年が見たことのないような建物と人々がいた。

少年は逃げようと思ったが間に合わなかった。

すぐに捕まえたれた。

少年の言葉が通じない。

向こうが話している言葉もわからない。

少年は大きな動く貨車に乗せられ連れて行かれた。

そして見たこともない大きな湖に出た。

そこで少年は降ろされ、今度は大きな鉄の船に乗せられた。

何日も何日も船に乗せられ、何処か別の場所に連れてこられた。

そこには見たこともない、大きな家が立ち並び、変な格好した人々がたくさんいた。

肌の色が全然違う。

目の色も髪の毛の色も、話している言葉も、全てが違い過ぎる。

そして少年はある農場主の処へ貰われた。

朝から晩まで働かされた。

寝ている時が一番幸せだ。

村に帰りたい。

少年は大人になり、自分が生まれた場所はアフリカでありここはアメリカであると。

そして自分は奴隷であると。

邪悪な生き物に飲み込まれた。

二度と村へは帰ることができない。  

    ほな!

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。