『仕事が忙しい男とその友人』

「仕事が忙しいことを題材に小説を書こうと思うんだ」

 久しぶりに家を訪ねてきた友人に俺はそう言った。

「たぶん、世界で一番つまらない題材だと思うぞそれ」

 友人は頭をぽりぽりと書きながら、半眼で俺を見ながらそう言ってくる。うるさいわい、そんなこと俺が一番よくわかっとる。

「しかし、これあと30分で書きあげにゃならんのだ」

「そこまでなら、もう書かねえほうがいいんじゃねえかな・・・?」

「いや、でも書いとかないと、なんかさもっかい書こうって時に、ハードルが高くなるんだよ。仕事忙しいししばらくいいかなーみたいな、そんな感じになっちゃうの。だから、さ、できるだけ書いとこうと思ってんだよ」

 俺がそこまで一息でいうと、友人は軽く息をついてまだ言葉を繰り出そうとした俺を手で制した。

「わかった、わかった。で、どんな内容になるんだ?」

「まず、今の労働時間についてだな、忙しいっていってるし」

「あー、なるほど?今どんくらいなのよ」

「実働、朝八時から夜八時まで、12時間拘束で通勤計1時間。つまり13時間仕事にとられる」

「・・・ほどほどにしんどいな」

「いや、俺よりしんどい人がいるのはそりゃあ百も承知だよ?でも、俺の体力でこれは正直きついんだよ」

「少なくとも、口は割と元気そうに見えるが?」

「いや、口や体が元気なのはちゃんと寝て食ってるからさ。でもな、ちゃんと寝て食おうとするとそれなりに時間がとられるだろ?そうすると、他の部分に避ける時間がなくなるわけだよ」

「他の部分っていうと?」

「ゲーム」

「そこは小説じゃないんだ・・・?」

「いや、両方割きたいよ、欲を言えば。でもどっちかっていうと、ほら、さ」

「だめだこりゃ」

「まあ、待ってくれよ。俺だって新型コロナのせいでこんなことになるなんてさっぱり考えてなかったんだ。全部コロナが悪いんだ」

「いや、お前の中でゲームのほうが優先順位高いことにかわりはねーだろ」

「うっさいわい、少なくとも小説書いてる今は、小説が一番ですー!」

「あと20分くらいな」

「でも、これだと俺の生活をつらつらと書くだけじゃん、何時に起きて弁当準備してとか、どうやって節約もしてとか、そんなこと書くだけじゃん、面白いか?これ」

「さっき言ったじゃん・・・」

「やかましい!書いちゃったもんは仕方ねーだろが、テンションで押し切れ!」

「弁当は節約のために作ります!貧乏だからね!簡単な奴!ネットで検索して作るの!!冷凍鳥とミックスベジタブルで大体栄養足りるよ!」

「ツイッター見るに、一昨日から作ってるだけだけどなー」

「仕事帰ってきてからは、飯作って!お風呂沸かして!!諸々、知人と連絡とって、ゲーム!」

「小説どこ行った・・・」

「7時間寝ないと、体が持たないので23時にはねるよ!」

「昨日は携帯触って12時過ぎまで起きてたけどなー、ラインに既読つくのはえーよお前」

「やかましい!あれはお前のせいじゃい!」

「なんか嬉々としたガチャの報告してなかったか?」

「すんません、俺のせいでした!」

 俺は友人を張り倒した。勢いはよかったが、俺の細腕でむしろはじかれた。暴れるだけ暴れた俺の脳天に友人の手刀が振り下ろされる。

「あべげし」

「往年の断末魔にアレンジを入れるんじゃないよ」

 頭痛が収まったころ合いに、俺はふと気になって友人を見上げる。

「ていうか、何しに来たんお前さん」

 友人はまた半眼でこちらを見降ろしてくる。無駄に背丈の高い奴である。

「今日、ゲーム屋に新作買いに行くって言ってたじゃん・・・」

 しばし停止。

 そろりとラインを開いてトークページを見る。まぎれもない動かぬ証拠がそこにはあった。

「削除」

「いや、俺のほうには記録残るから」

「ぬわーん!」

 頭を抱える、わしわしと掻きむしる。はげそうだな、と脳裏によぎったのは、年を取ったゆえの悲しいさがだった。もう学生ではないのである、南無。

「ま、いいか行こう」

「お、あきらめんの?」

「ちげーよ、書けたの」

「何、書いたん?」

「え?今のやり取り全部」

 ずびし、と脳天にもう一撃手刀が飛んで来た。武道をやってるやつは突っ込みが無駄に痛い。

「おし、じゃあ行くぞ」

「え、今なんで俺叩かれたん?」

「迷惑料」

 脳天をさすりながら、俺はコートを着て先に出た友人を追いかけた。
 ドアを開けると寒さにぶるりと震えてから、ほのかな達成感と次なる新作への期待感が奥歯の間でうずいていた。

「つーか、そんな内容さ、面白い?」

「俺にとっては面白いよ。確実に」

 結局、俺は自分が面白がるためだけに、小説を書いているのだ。

????「本当に30分で書き終わったな・・・・」

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