小さい頃に池に落ちた。池の住人に助けられた。今でも鮮明に覚えている。
あれから十五年が経った。
あの池を埋めてマンションを建てる事になった。
自分はそのプロジェクトを進める会社の新人だ。
上司にそれとなく伝えた。
あの池は埋め立てないほうが良いですと。
当然ながら、たかだか新人の意見などは通らない。
まだ工事が始まっていない日曜日、久しぶりに池に行ってみた。
驚くほどに小さい池だ。
恐らく自分が大きくなっただけだろう。
池に向かって話しかけてみた。
「覚えてますか?十五年前に僕がまだ子供の頃に、ここに落ちました。
そして助けられた者です。
忘れもしません、本当に感謝しています。
あの時、僕と同じくらいの女の子がいましたね。
もう大きくなられたでしょうね。
伝えないといけない事があります。
もうすぐこの池は埋め立てられてしまいます。
なんとか助ける事ができないか、それで今ここへ来ました。
何もできないけど、とにかく先ず伝えないと、そう思って。
あのぉ…」
そりゃそうだわな、もし仮に聞いてたとしても、「はい、はいそうですか」なんて言葉は返ってこないだろう。
諦めて帰ろうとした。すると声が聞こえた。
「今夜、遅くにまた来て頂きたい」
あっ、やっぱりいるんだ。
言われた通り、夜もう一度来てみた。
行ったらそこにもう居た。
老人のように見える男性と、それを支えるように立っている若い女性。
あの二人だった。
「何処かカラダがお悪いのですか?」
「最近は私たちを大切にしてくれなくなった。
池の底はゴミだらけだよ。
水も濁りが酷く呼吸がしにくい。
人間たちは、ここを埋めるのですか」
「はい」
「それはそれでええと思います。
こんな腐った池を残しておいてはいかん。
悪いモノが集まって来やすくなる。
今はまだ私たち親子がいるから大丈夫ですが、このままだと私の命はそう持たないでしょう。
そうなると、この子だけになってしまう。
そんな事になると、それに漬け込んで邪悪なモノが集まって来る。
あなた方の世界にも悪影響を及ぼすでしょう。
だから埋めてしまえばええと思います。
いつから作業が始まるのですか」
老人は覚悟をしていたのであろう、こういう日が訪れる事を。
「来週の月曜日からだと思います」
「そうかぁ、頼みがあるのだが聞いてはくれますか」
「当然です、僕にできることなら。あなたがた親子は僕の命の恩人ですもの、何でも言って下さい」
「それはありがたい。
あそこに山があるでしょう。
あの山を越え次の山の中腹に萬福寺という寺がある。
そこの境内傍にヒョウタン池という池があります。
そこへこの子を連れて行ってくれないでしょうか」
「構いませんけど、一緒に行かないのですか」
「私はダメだ。
私はこの池そのものですから、動くわけにはいかないのです。
しかしこの子に跡を継がすわけにも行かない。
埋まってしまいますからな。
私はそれを見届けないといけない。
この子は、この子はまだ若い。
だから他所の池に奉公にだします。
そしていつか神様から新しい場所を頂ける筈です。
何卒よろしくお願いします」
「そこまでおっしゃるなら従います」
「すみませんが、その時は車で来て下さい。
できるだけ大きな水槽を持ってきてほしい。
この子は水が無いと生きていけないのです」
「大丈夫です、なんとかします。いつ伺えば宜しいでしょうか」
「できるだけ早いほうがいい。
時間はこの位で」
「では明日にしませんか?」
「そうですかそれは助かります。
それでは明日よろしくお願いします」
二人は池に消えて行った。
次の日、レンタカーを借りた。
商用のライトバンだ。
これだと大きな水槽も楽々だからな。
ホームセンターで大きな水槽を二つも買った。
予備はあった方がいいから。
ブクブクも買ったし、ブクブクの電気を引っ張るシガーソケットのコンセントアダプターも買ったし、完璧じゃないか。
場所も知ってる処だったので問題は無い。
池に行った。
男性はおらず、女の子だけだった。
「直ぐに準備を致しますので、少しの間目を閉じておいて頂けますか」
「分かりました」
数秒後チャポンという音と共に「よろしくお願いします」と声が聞こえた。
ライトバンの後部のドアを閉めた。
車に乗り込み水槽を確認した。
そこには大きな鯉が居た。
そしてその周りには小さな魚や虫やカエルなどか入っていた。
ゆっくりと走り出した。
真夜中なので車も少なく順調に進んだ。
彼女は無口な方のようで車中では殆んどクチをきかなかった。
二時過ぎにヒョウタン池に着いた。
そこにはもう既に客人を迎える準備が整っていた。
優しそうな家族が立っていた。
事情はもう伝わっていたようだ。
彼女は新しい家族と共に静かに池へと去って行った。
最後に「ありがとう」という声が聞こえた。
そのまま元の池に戻って池に向かい無事に送り届けた事を伝えた。
立ち去る時に「ありがとう」という声が聞こえた。
自動車から降りようとした時に、チリーンと音がした。
鈴だ。きっと彼女がくれたのであろう。
大切な宝物ができたよ。
後日、あの池は更地になっていた。
これで良かったのだろうか、とても悲しい。
ほな!
素晴らしい内容です、心が清く洗われるような気がしました。
ゴンスケさん嬉しいです。 一人であっても何かが届いた気がして嬉しいです。 ありがとうございます。 ほな!