『「ある男」No.91』

何をしてもダメな男がいる。

自分が楽をする事ばかりを考えているようだ。

口ではデカい事ばかり言う。

昔話もよくするが、それらは恐らく創作だろう。

今の姿からは到底考えられないからだ。

自分は絵描きであると言っているが、絵を見たものは誰もいない。

そんなもんだ。

だいたいいつも同じ酒場にたむろっている。

そして今日もホラを吹いている。

政治家のあの先生は若い頃は自分の舎弟だっただの。

映画化もされたあの小説家のあれは俺のアイディアを盗んだだの。

もう言いたい放題だ。

酒を飲んでいるところは見たことあるけど、それ以外は全く不明だ。

一度誰かが帰りに後をつけていった。

まかれた、所在もわからない。

こんな男なのだが、なぜかオンナにはもてた。

しかも美人で器量の良さそうな人ばかりだ。

そんなオンナたちが男の周りには数人居る。

一番年上の女将風のオンナがいつもツケを払いに来る。

酒場の人間はオンナに男の事や男との関係などを質問するが、オンナはいつも上手くやり過ごす。

男の事は分からず終いだ。

誰かが言った。

「ならばそのオンナの後を付けて行ってみてはどうだ」それはそうだな。

男はいつもまかれてしまうからな。

そんな訳で手分けして、それぞれのオンナたちの後を付けてみた。

しかしこれがおかしい事に、やはりみんなまかれてしまう。

いったいなんなんだあの連中は、知るはずもない酒場の大将にも質問してみる。

無口な大将は笑顔で首を横に振るだけだ。

困った。

とタイミングよく男が入ってきた。

「よう、よく来たな。
さぁここへ座れよ」

「なんだ、なんだ」

「今日はなどうしても聞きたい事がある」

「なんだ、なんだ」

「お前はいったい何者だ?何処に住んでる。
本当に絵描きなのか?絵なんか見たこと無いぞ。
本当だったら、この紙にちょいとおいらの顔を描いてみてくれよ」

「なんだ、なんだ、疑ってんのか。
よしそれなら描いてやるよ」

それから男は紙をカウンターの上に置き、鉛筆でサッサッサと描き始めた。

おや、おや、おや、これはなんと見事な絵だ。

みんなビックリした。

「お前、本当に絵描きなのか。
随分と絵が上手じゃないか。
もしかしたら、今まで言ってた事もホラ話だと思っていたけど、存外ウソでは無いかも知れないぞ」

「俺はウソなんて付いたことねぇや。
おい、オヤジ燗をつけてくれ」

「へぇい」

いつもと違う夜が更けていった。

しかし、その日を境に男は酒場に顔を出す事は無かった。

そして街中でも彼を見る事は無くなった。

ついでに言うと、オンナたちも見かけなくなった。    

    ほな!

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。