何をしてもダメな男がいる。
自分が楽をする事ばかりを考えているようだ。
口ではデカい事ばかり言う。
昔話もよくするが、それらは恐らく創作だろう。
今の姿からは到底考えられないからだ。
自分は絵描きであると言っているが、絵を見たものは誰もいない。
そんなもんだ。
だいたいいつも同じ酒場にたむろっている。
そして今日もホラを吹いている。
政治家のあの先生は若い頃は自分の舎弟だっただの。
映画化もされたあの小説家のあれは俺のアイディアを盗んだだの。
もう言いたい放題だ。
酒を飲んでいるところは見たことあるけど、それ以外は全く不明だ。
一度誰かが帰りに後をつけていった。
まかれた、所在もわからない。
こんな男なのだが、なぜかオンナにはもてた。
しかも美人で器量の良さそうな人ばかりだ。
そんなオンナたちが男の周りには数人居る。
一番年上の女将風のオンナがいつもツケを払いに来る。
酒場の人間はオンナに男の事や男との関係などを質問するが、オンナはいつも上手くやり過ごす。
男の事は分からず終いだ。
誰かが言った。
「ならばそのオンナの後を付けて行ってみてはどうだ」それはそうだな。
男はいつもまかれてしまうからな。
そんな訳で手分けして、それぞれのオンナたちの後を付けてみた。
しかしこれがおかしい事に、やはりみんなまかれてしまう。
いったいなんなんだあの連中は、知るはずもない酒場の大将にも質問してみる。
無口な大将は笑顔で首を横に振るだけだ。
困った。
とタイミングよく男が入ってきた。
「よう、よく来たな。
さぁここへ座れよ」
「なんだ、なんだ」
「今日はなどうしても聞きたい事がある」
「なんだ、なんだ」
「お前はいったい何者だ?何処に住んでる。
本当に絵描きなのか?絵なんか見たこと無いぞ。
本当だったら、この紙にちょいとおいらの顔を描いてみてくれよ」
「なんだ、なんだ、疑ってんのか。
よしそれなら描いてやるよ」
それから男は紙をカウンターの上に置き、鉛筆でサッサッサと描き始めた。
おや、おや、おや、これはなんと見事な絵だ。
みんなビックリした。
「お前、本当に絵描きなのか。
随分と絵が上手じゃないか。
もしかしたら、今まで言ってた事もホラ話だと思っていたけど、存外ウソでは無いかも知れないぞ」
「俺はウソなんて付いたことねぇや。
おい、オヤジ燗をつけてくれ」
「へぇい」
いつもと違う夜が更けていった。
しかし、その日を境に男は酒場に顔を出す事は無かった。
そして街中でも彼を見る事は無くなった。
ついでに言うと、オンナたちも見かけなくなった。
ほな!
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