『絵の具』

 生まれた。それは唐突だった。何も見えない。あたりは真っ白だ。どうやら五感というもののほとんどが欠けているようだ。
 あるのは聴覚と話すことはできないが超音波を発することはできるらしい。これはどうやら生みの親が所有していた力らしい。
 特にこれと言ってやることがないのでこの力を使いこなすことにした。
 これを使いこなすのには長い時間がかかった。だがそのおかげで超音波を使って空間を認識できるくらいの芸当は可能になった。
 空間の認識ができるようになったことでここが洞窟だと知り、そして自分の他にも同じような存在が幾多もいることを知った。周りの奴らとコミュニケーションをとるのに一人称がないと困るから一人称を私とした。
 相変わらずやることがないので隣にいるやつらと超音波を発して会話をする練習などをしてしばらくの時間を過ごした。
 ある日唐突に私の頭の中で声がした。「私は君の生みの親である。君たちは十分に成長した。そこで君たちには使命を与える。」と話してきた。
 私たちはざわめいた。てっきりこの洞窟のような場所で生涯を過ごすのかと思っていたから。加えて私たちを気にかける親などいないと思っていたから。
 さらに産みの親はこう言った。「君たちはこれから様々な生物の中に入り込みその遺伝子を吸収して私に届けるのだ。」と。
 ポカン…とみな一瞬なったが、私たちは外に出れるという喜びがあまりにも強かったため「行きます」と答えた。
 そして次の日はじめて外に出た。外に出る前に私たちにそれぞれ番号が振られた。私にはNO.567という数字が振られた。
 番号が振られると私たちは血流のように一斉に外へ進出した。外に出てみると今までのような壁が見当たらない。怖い、怖い、そう思いながら恐る恐る足を進める。
 歩いていると、何かとぶつかった。特に動く気配もなかったので、とりあえずこれの中に入ってみようとその生物の中に入った。すると自分の中で今までとは何か違う変化が生じた。それは昇天するような気持ちよさであった。
 その変化が終わると、何かが見えるようになっていた。そこでようやく私たちは吸収したものの色素と姿をとらえることができるようになるのだと気づいた。今回は緑色の薄っぺらいものの集合体を吸収したようだ。
 それからはあらゆるものの中に入って吸収した。そうして自分の世界は真っ白いものから虹のように何色にも重なり合う桃源郷のような世界になった。
 しかしある日まだ吸収していない生物と出会った。それは見たことない大きさであった。大きさはおおよそ1.7m程度で二足歩行している生物だ。その生物たちは私が歩くような土ではなく濃い青色をした地面を歩いている。しかもその地面は日中はとても熱いときた。
 超音波で操ろうとしても何か音を受信する部位に違う音源があり阻害される。
 どうにかして吸収したくなった私はしばらく観察することにした。するとその生物たちは夜は眠るようだった。そして生物が歩く青い地面も夜は冷えるようだった。
 私は夜が好機だと思い、夜の作戦決行を決断した。その夜は新月でとても吸収にはいい日であった。
 そっと建物の中に入りちょうど吸収できそうな人間が寝ているのでこいつにしようと鼻の中に入り吸収を始めた。しかしなかなかに吸収ができない。何やらこの生物、抗体というものを多数所有しているようだ。おかげで全然吸収が進まない。こんなのは初めてだ。
 吸収しはじめてから4、5日が経過した。ようやく吸収する核の場所に到達した。長かった、その苦労を噛みしめ核を吸収すると、今までの生物の比じゃないほどの快感が全身を襲った。昇天どころの話じゃない。これはやばい、一種の麻薬のような感覚で病みつきになりそうだ。
 しかしその快感を感じると同時に吸収した生物は呼吸困難になって死んでいた。何か悪いことをした気もするがしかし圧倒的なまでの快感の方が私の中では勝った。まあいいや、どんどん吸収してしまおう。
 さて、次はどの個体にするか。その生物を何度も吸収して分かったことがある。それはこの生物と私とでは相性が悪いらしい。私が吸収をするとその生物は死んでしまう。これは絶対であった。
 それがどんな部分であっても、だ。たとえ死に直結しないような部位を吸収してもやはり死んでしまう。それはどうやらその生物の呼吸器官に向かってしまうのが原因らしかった。
 しかしこの生物の吸収はやめることはできない。だってあまりにも快感なのだから。
 私はこの生物の中では最悪の天敵として名を残すだろう。そうだな、名は数字からいただいてコロナとしてみようか。

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