『ヒロイン』

 ヒロインが羨ましい。昔からずっとそう思っていた。ただ悲しみに溺れるだけで読者は同情し、王子様が現れれば読者は歓喜する。たいした能力がなくたって、運が良ければハッピーエンド、ビターエンドだってファンは死ぬほど獲得できる。
 まさに姉は物語のヒロインさながら、顔が可愛いという理由だけで素晴らしい伴侶を貰っている。高学歴高身長高年収の3Kが揃っている理想の旦那だ。顔だって整っているし、性格は言うまでもなく完璧だ。姉なんかには似合わない人で、変な人に捕まってしまったなぁと同情までしてしまう。まぁ、本人達が選んだ相手なので口を挟む必要はありはしないのだが。
 自分はヒロインになんてなれっこないのは重々承知している。姉のような超がつくほどの美人が言うならともかく、ヒロインが羨ましいなんて言ってしまったら、カウンセリングを受けさせられることだって有り得る話だ。ヒロインになれないのは仕方ないので、努力して人生を楽しもうと日々苦労している。
 そんな事を思いながら毎日高校生活を送っているわけだが、今日からは勉強のために早く学校に行こうと決心した。春休みも終わり、受験生となったことで少しは意識を高めようと思っていたのだ。通学の途中にあるコンビニでパンを買い、行儀の悪さを自覚しつつ歩きながら食べていた。信号で立ち止まったとき背中から誰かがぶつかってきた。ヒロインだったらここでパンを落とすだろうが、全くそんなことはなく、心の中で「殺されるところだったわ。」とさえ思ってしまった。
 振り返ると相手が転んでいた。驚くほどに顔立ちが整っている美少女で、この人はきっとどこかの物語のヒロインになれる人だろうなとぼんやり思った。同じ制服を着ていたが見覚えはなかったので新入生と勝手に見当をつけた。謝っているような素振りをしていたが、イヤホンで全く聞こえず、適当に会釈して学校へ向かった。
 朝の勉強は快適で邪魔もなく非常に捗った。珍しく担任は来るのが遅かったがSHRは問題なく始まった。
 いつも通り話を聞き流していたら朝見た美少女が教室に入ってきた。見たことないと思ったら新入生ではなく、転校してきた生徒だったわけだ。最悪の出会いだったので自己紹介には興味が湧くはずもなく、睡魔と戦闘していた。すると転校生は隣の席だったらしく、挨拶をされたので再び軽く会釈した。
 受験生の日々は目まぐるしく、一瞬で月日が消え去った。美少女は顔に負けない人当たりの良さでクラスの人気を集めていた。最悪の出会いにも関わらずその美少女とは親友になっていた。話し始めた経緯はまったく覚えてないが、とにかく馬が合ったのだ。
 二人で帰ることもあり、お互いをいじり合って下校していたある日、唐突に改まって名前を呼ばれた。
 何か不機嫌にさせることをしてしまっただろうか、と不安になった瞬間、好きだという言葉を伝えられた。
 俺はヒロインではなく、王子様役だったみたいだ。

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