『脱不老長寿』

 ここに一人の男がいる。見た目はどこにでもいる男だ。家庭を持ち、たまの休日は家族サービスをして過ごす。そんな男であったが男のついている仕事は一風変わっていた。殺し屋である。しかも国家公認の殺し屋だ。ターゲットは国に害を及ぼすもの...ではなくごく普通の一般人だ。

 男が彼らを殺すには訳がある。実はこの時代には人は老衰で死ななくなっていた。医学の発展によるものとかではなく、なぜか死ななくなっていたのだ。

 数十年も前、大きな戦争が終わったころその現象は起き始めた。たぶん人が死にすぎたので神様がこれ以上人が死なないように取り計らってくれたのだろう。そう思えるほどに科学的には説明のつかない現象であった。しかし一般の人々はその事実を知らない。政府がそれを隠ぺいしたからだ。人が死ななくなれば食料や土地もなくなるし、どれだけ犯罪を犯して刑務所に入っても時間はたっぷりあるので懲役の意味なんてなくなる。そんなことになれば社会は混乱に陥り、崩壊してしまうかもしれない。幸いなことに老衰以外での要因では普通に死ぬので、政府の人間たちは一般人にはばれないようにある程度の年齢になると殺し屋を派遣して、老衰に見せかけ殺すことにした。こう考えると死神というほうが似合っているのかもしれない。

 多くの人々はすでに死ぬ年齢が決まっている。ランダムで戸籍に登録されている人々の寿命を決めるのだ。殺し方は簡単で、事故や病気で死ぬこともなく規定の年齢に達した人間のところに行って寝ている間に注射を打ち老衰に見せかけて安楽死させるのだ。このシステムがしっかりしているおかげでまだ一般には、人が死なないという事実を知られずにいる。ただ戸籍に登録されていない人間、例えばホームレスなどは大変で、たまに150歳くらいのやつがいる。そういうやつらを見つけ出すのも男の仕事だ。

 これから先、男は何百人もの人を「老衰」させていくだろう。因果な仕事だと男は思う。そして神様はただ単に人を死なせるという仕事がめんどくさくなっただけじゃないかとも思う。神様が仕事を放棄したのならこの世界は終わりだ。自分の行為はただこの世界を延命させているだけ。いつか人が死なない事実がばれてしまったら・・・男はそう考えながら今日も人々の老衰を手助けするのであった。

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