『トナカイとぼく』

5才のぼくは児童養護施設に入っていました

隣の家は
おじいさんと痴呆持ちのおばあさん

そのすぐ隣
は木こりのお兄さんがいました

施設に入りたての僕はみんなに馴染めず

なぜか、保母さんもぼくに対しての態度がキツかった

ぼくが外で一人で遊んでいると
「風邪ひくから早く中へ入りなさい」
と言うのだが

施設に戻ると
「なんで外に出たの!みすぼらしいったらありゃしない!」
こんな具合だ

罰として靴を取り上げられてしまった

外には雪がつもってて

もうすぐクリスマスだった

施設の中にいても
年上のお兄さんに
いじめられてしまうので

やっぱりぼくは
裸足で外に出た

乾燥室と学習室の間にある
建物と建物の間に
体育座りでうずくまっていた

足の感覚がなくなり

アカギレをしだして

そろそろ中へ戻ろうかと思って顔を上げると

トナカイがこちらをみていた

いや、トナカイではなく
顔だけトナカイの被り物をした人が

立ったままじーっと、こちらをみていた

ぼくはびっくりして
腰を抜かしてしまった

でも、怖くはなかった

不気味さと不思議さが入り交じったような

もののけ姫の鹿みたいな格好をした
シシガミサマの用な不気味さだ

よく見ると体が透けている
全身真っ黒で
それはまるで影みたいだ

ぼくと目が合うと
彼はゆっくりと歩き出した
なぜだか「彼」だとわかったのだ

ぼくは追いかけ
転びながらも
彼を追った

彼は建物を曲がった所で
スーと消えてしまった

そこは、木こりのお兄さんの家だった

ぼくは今のが現実なのかなんなのかわからず
立ちすくしていると

扉が開き
木こりのお兄さんがニコニコしながら手招きしてくれた

中へ入ると
木のすっぱい匂いがした

あったかい

木こりのお兄さんは、ぼくを暖炉の前にある切り株の上に座らせ
毛布とあったかいココアをくれた

木こりのお兄さんは、しゃべれないみたいだ

足の感覚が戻ってきたくらいに

木こりのお兄さんは、窓の向こうを指差した

背伸びをして覗き込むと

昔の縫い物をする
道具がいっぱいあった

足でカタカタと動かす木造のミシンも見える

その横で
おじいさんとおばあさんが、何やらケンカをしていた

おじいさんが
お前は覚えが悪いだの
何を言ってもすぐ忘れてしまうなど

おばあさんの方は、どうやらおじいさんの事も忘れてしまったみたいで
どうして自分がこんなに怒られなきゃいけないのだと
怒ってた

ぼくは後ろを振り向いて

「どうにかできないの?」と、聞くと

首を横に振った

次の日
ぼくは、施設のお兄さんに服を隠されてしまい
昨日の服を着ていた

「お前は臭い」

「こっちに来るな」
と言われ

ぼくはまた例の場所でいじけていた

泣いて火照った顔を雪にうずめた

気持ちいい

顔を上げると
人影がみえた

あのトナカイだ!

ぼくは見失わないように
一生懸命走った

するとトナカイは、
昨日とは違う方へ歩いてゆく

息を切らしながら
必死についてゆくと

そこは郵便ポストの前だった

郵便ポストと言っても
例の赤いやつではなく

施設の児童専用のポストだ

一人一人それぞれの専用のポストが
ずらっと並んでいるのだ

普通、小学低学年は
一番下の段なのだが

ぼくは背伸びをして
指先がやっと届く
真ん中の段だった

これも、嫌がらせなのだ

いつの間にか
トナカイは消えてしまっていて

ぼくは自分のポストを
あけてみた

落ち葉が一枚
ひらりと落ちてきた

彼が入れたのだろうか

そこでぼくはサンタさんの事を思い出した
サンタさんに自分の欲しいプレゼントを書いて
郵便ポストに入れると
メッセージカードと一緒にプレゼントを渡しに来る話

そうだ、手紙を書こう
彼が読んでくれるかもしれない

それから、毎日手紙を書いた

いじめられてる事

今日は泣かなかったとか

木こりのお兄さんと山へ行ったよとか

友達ができたとか

彼は読んだというしるしに
よくゴミをポストに入れてくれた

あめ玉の袋とか
チョコレートの銀紙

石が置いてあった事もあった

それから月日はどんどん流れて

施設にも馴染んだ
おじいさんと
痴呆持ちのおばあさんが
もう一度恋に落ちて

近所のみんなで
ささやかな結婚式をしたり

木こりのお兄さんは
あいかわらずニコニコしている

ぼくは、野球を始めたり

ぼくのまわりにも
人が居てくれるようになって

トナカイの事なんかすっかり忘れてしまっていた

僕は小学6年生になった

「昨日取り上げた僕の靴どこに置いたの?」

「ちゃんと場所教えたわよ。まあ、アンタ寝てたけどね」
ニヤニヤしながら保母さんは言った

あいかわらず、保母さんのあたりはキツイけれど
こんな僕も戦えるようになっていた

「おい!早く行こうぜ!」
同じ年の子が僕をうながす

「今行くよ!」

今日はクリスマスだ

一年に唯一この日だけ
ケーキを食べられる日

僕らはかけ足で
食堂に向かい
自分の席につく

「僕チョコレートケーキがいいな」

「え、でもイチゴついてないじゃん」

そんな話をしながら
そわそわしていると
窓の向こうに
人影がみえた

トナカイだ

僕は駆け出した

途中、どうしたんだと言われたような気がしたけど
それどころじゃない

あの時のトナカイがいた

乾燥室を抜け
勝手口から外へ出て
一瞬怯む

雪だ

知らないうちに
雪が積もっていたらしい

僕は裸足で駆け出した

あの日と一緒だ

彼が角を曲がるのが
みえて
一目散に走った

あの頃よりも
ずっと早く
力強く

角を曲がると
彼はポストの前を
通りすぎていた

僕は自分のポストの前に行く

今ではもう背伸びをしなくても
届くポストだ

彼はどんどん遠くへ歩いてく

おもむろに
自分のポストを開けた

しわしわの新聞紙の 切れっぱしが入っていた

涙がポロポロと溢れだした

彼は

彼は僕が手紙を書かなくなった今でも
毎日ポストを見に来てくれてたのだ

彼の背中がどんどん小さくなってゆく

ありがとう

降りしきる雪の中
彼の背中を見送った

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