『バナナを食べる青年と』

 その日、僕はバナナを食べていた。
 なぜか、自分で買ってきたからである。なぜ買ってきたか、なんかバナナ食った方が、メンタルがいい方向にむかうよとか、そんな動画を見たからである。つまるところ、大した理由じゃなかった。
 まあ、そんな大層な理由でバナナを食われても、バナナの側からしても迷惑な話だろう。

 「どうして、君がバナナの気持ちを決めつけてしまうんだい?」

 バナナがしゃべりかけてきた。そんなバナナ。

 「一生に一度は言ってみたいセリフだね」

 口に出してはいないので、僕のその一生に一度の目標は未だ達成されていない。

 「あ、ちなみに私が本当にバナナの精とかではないからね。たぶん、君の妄想だろう。やばい奴だね、君」

 妄想にしちゃあ、随分と流ちょうな奴だった。ついでに言うと、もうすでにバナナは半分ほど食べられていた。半身バナナ。

 「ま、それはそれとしてさ。バナナとしても勝手に気持ちを決めつけられてしまっては困るんだよ」

 このバナナ、僕の妄想だと言っておきながらバナナの気持ちに親身になって答えている。どういうことだこのバナナ、いやバナナじゃねーのか。

 「なにせバナナに限らず、果実というのは食べれることが目的だろう?そもそもそのために作ってるんだ。で、どうせ食べられるなら、意義をもって食べてくれるということは悪いことじゃない」

 バナナにとっての意義ってなんだ。随分、人間的なバナナである、いやだからバナナじゃないんだって。

 「まあ、バナナはそもそも実で増えないからあんまり関係ないんだが」

 へえ、そうなんだ。と感心した後に、何故、僕の妄想が僕の知らないことをしっているんだといぶかしんだ。バナナ残り三割。

 「じゃがいもと一緒でさ、みんな同じ元から株分けした変異体のクローンみたいなもんなんだ。だから種もない、だからうまい、だから全員同じ病気に弱い」

 だめじゃん。

 「そう、困ったもんだ。困ったもんだが、こういうふうに生まれたんだから仕方ない。私は私なりに楽しんで生きているよ」

 へえ、そうなのか。あかん、僕もだんだんこの会話に順応しつつある。

 「あ、ついでにどうでもいいことを教えよう。バナナは日本語に直すと芭蕉になる。つまり、松尾芭蕉は…」

 松尾バナナじゃん、昭和期のお笑い芸人みたいな名前だな。

 「まあ、なんにせよなんでもかんでも決めつけないことだよ」

 はいよ。そう答えて、最後の一口を食べた。バナナは沈黙した。やっぱり妄想じゃなくて本当にバナナの精だったんじゃないだろうか、と考えた後にさっきまでの会話にどこかで聞き覚えがあったことに気が付く。昔、誰かから聞いたような。調べたような。

 ひらひらとバナナの皮は揺れている、なんだかにやにやと笑われている気分だった。

 「とーう」

 近くのごみ箱に向かって、バナナの皮を投げ入れる、さらばだ。

 が、狙いはそれてゴミ箱の近くにぽてっと落ちた。ありゃりゃ、と頭をかいて拾いに向かう。

 その時、小学生が歩いていた。歩いてんなと思った。進む先をみた、あ、と思わず口が開いた。と、同時にまさかなと思わず自分の想像に笑った。バナナの皮で転ぶ奴なんて実際に見たことねえ。

 転んだ。

 すてっと、きれいにしりもちをついた。痛いという声すら上げず、何が起こったのか理解していないようだった。走り寄りかけて、若干ためらう、おこってっかな。俺が投げて捨てたしな。ただ、ぼーっと見ているわけにもいかないので、近寄って行って、手を差し出す。

 「あー、大丈夫?君」

 「・・・・した?」

 「え?」

 「見ました?今、私、初めてバナナで転んじゃったの!!」

 はしゃいでいた、すごい勢いで。しかも、そのままお母さんにいってこなきゃー、と勢いよく走り出していった。
 あまりに予想外の出来事の連続に、目を瞬かせるが、特に何も起こらず、中腰の大人とバナナの皮だけが取り残されていた。

 「そんなバナナ」

 だからいったろう?と言っているみたいに拾い上げたバナナの皮はひらひら揺れていた。

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