『Gypsophila』

「この世界は汚いものばかりだ」

「人生なんてただ辛くて苦しい自分へ課された罰」

「生きるのなんて楽しいわけがない」

色々なところから聞こえるこの世界への罵倒と諦め

大なり小なりこのような感情はいつの世にもあるため、

これは人間という生き物の性(さが)なのかもしれないが

文明が進化し、とても便利になった今の時代だからこそ増えたように感じる

便利と引き換えに現代社会が課す重荷は百年ぽっちの人生に対して重すぎるのだ

ちなみにぼくの何百年という人間離れした人生の尺は、

不老不死という一昔前の商業作品のような能力のせいだ

「不老不死」

一見、誰もが憧れるチート能力のように見えるが現実はそこまで幸せなものではない

確かに、肉体は一番美しい状態から衰えないし、人生は無限に続く

しかし、死ねないというのはなかなかに難しいものだ

気持ち悪い、と拒まれることだってあるし

長すぎる人生に疲れることだってある

それに、長い時間の中で作り上げたコネクションのおかげで日常生活は問題なく送れるものの不老不死ゆえの細々(こまごま)としためんどくさい問題はゼロじゃない

何より辛いのは、大切なひとと生涯添い遂げることができないことだ

不老不死で遠くの未来を生きることはできるかもしれない

新しい学びや楽しみもあるかもしれない

でも、その未来に大切な人の笑顔はないのだ

ぼくを抱きしめてくれるぬくもりも、繋ぎとめてくれる手も、励ましてくれる声も

そこには、無い。

新たな出会いがあっても、

待ち受けるのは失う悲しみと、使い古されたお札なのだ

確かに、長い人生の中で多くの幸せと喜びをもらったし、それは消えることのない宝物だが

それと同じくらいの悲しみが心に残っているのだ

不老不死なんてひとつ馬鹿げたものをもっていると

かえって自分の無力さや不甲斐なさを叩きつけられる

そんなぼくに「毎朝夢から覚める理由」を与えてくれたのはあのひとだった

公園でふらふらと散歩していたときのこと

広場に人だかりを見つけた

気になってのぞいてみると一人の少女が歌をうたっていた

透き通っていてとても心地良い歌声でひきつけられた

彼女はネットに歌の動画を上げたりライブをしたりして生活しているらしい

時々公園で歌ったりもしているのだとか

ダンスをしていたぼくは練習がてら公園に通ううちに彼女と仲良くなり

彼女に誘いから共に活動するようになっていた

一緒にうたったり彼女の歌に合わせて踊ったり

オリジナルの楽曲を制作して投稿したこともあった

入り口こそ彼女の音楽だったが、気づけば彼女の人間性に惹かれていた

ぼくが不老不死であることを告げてもすんなりと受け入れ

次の日も拍子抜けするくらい何事もなかったかのように笑顔で挨拶してくれた

何処かに確固たる落ち着きを持つひとだった

鈴が鳴るような笑い声と

昼下がりの日の光と夜明けの月の光を混ぜたみたいな笑顔を持つ

とても綺麗なひとだった

生きることに疲れ始めていたぼくの終わりのない暗い道に

ひかりを注ぎ続けてくれるひとだった

綺麗で透明で、目を放したらふわりと消えてしまいそうなひとだった

出逢いから五年余りが経ち、ふたりで楽曲制作をしていたとき

ふと、彼女がうたう理由について話してくれた

「この活動をしていると色々な考えを持つひとに会う

 この世界なんて無価値だ、とか

 生きることは苦しいことだ、とかいう人もいる

たしかにこの世界は泥にまみれた醜い世界かもしれない。

 でも、そんな泥まみれの世界にも、ほんのわずかでも輝くものがあると思うんだ。

 愛とか、希望とか。

 月並みなくさい言葉だけどさ。

ひとそれぞれに、泥まみれの世界を生きる上でのある種の救いがあるとおもうの

 それは、生まれたときに神様に与えられるものかもしれないし

 生きている途中で見つけるものかもしれない

 道端に転がった空き缶みたいに現れるものかもしれないし

 誰かと創り上げていくものかもしれない

 でも、中にはそれに気づけない人、取り上げられてしまう人もいる

 そうなるとひとって駄目になっちゃうんだよね

 生きることが嫌になって、最後には生きる力を失くしてしまう

 だから、私はそのひとたちの救いになりたい

 そうはいっても、私には権力も財力もないからできることは本当に少ない

 その限られた私のできることを考えたとき浮かんだのが音楽なの

 だからこの活動を始めた。

 私が謳ったところで誰かの人生に劇的な何かを与えることはないかもしれないけれど

その人の人生に色を加えられるかもしれない

私一人が奏でる音楽に輝きはないかもしれないけれど

 誰かと奏でれば輝けるかもしれない

 そうおもって、信じて、謳い続けてる。

 それに、誰が何と言おうと、この世界がどれだけ馬鹿げていようと

 この命がたとえ罰だろうと、罪だろうと

 私の眼にはこの世界が輝くものに見えて仕方がないんだ。

 だから、この世界に生(い)続(つづ)けられる君が心の底からうらやましいし、

これから生きる人にそれを教えたいの

 私は命が短いからさ

 私の代わりに生きてと言ったら図々しいかもしれないけど。

 君に救いはある?

 もしないなら私のために謳って

 空からでも君を見つけられるように」

そういって彼女は笑った。

その笑顔はいつもより凛として哀しげだった

それから彼女はぼくの前から姿を消した

何の前触れもなく、音楽だけを残して

遺された彼女の音楽は色々な人に届き、誰かを救った

それから何百年。

失う悲しみも、人生の苦痛も、ぼくの中から消えることはない

結局、それはこの先も同じだろう

それを忘れられるほどの幸せを得ることも、ないかもしれない

ただ、ぼくには救いがある

明日の朝、目覚める理由がある

いまでもぼくの救いは彼女だ

無邪気で、澄み切っていて、強くて、儚い

あの笑顔であり、あの音楽だ

つまるところ、彼女というあの存在すべてなのかもしれない

そしてぼくは今日も謳っている

この世界の輝きと切なる願いを。

「何処かで咲く、一凛のカスミソウにむけて」

カスミソウ_Gypsophila(ギプソフィラ)
花言葉は「清らかな心」「無邪気」「親切」「幸福」「切なる願い」「感激」「永遠の愛」「純潔」

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