『ゲームをする人とその友人』

 「勝たなきゃ意味がないんだ?」

 「いや、そういうわけじゃないんだけれど。どうせやるなら勝つのがいいかなって」

 某有名格闘ゲームを友達としながら、僕がそのゲームのいわゆるガチの勝ち方について話している間にどうして、そうなったのかそんな話題になった。

 「それ、しんどくない?」

 「しんどい、ね。だから、たまに君とこういうことしてるってわけ」

 お互い、コントローラーをカチャカチャしながら会話する。友人の立ち回りはやはり、ネットで戦うガチ勢に比べれば、甘く隙はたくさんある。ただ、それはあえてつくようなことはしない。むしろ、こっちもあえてふだんやらないような大技をがんがん振っていく。

 「ふーん、僕とやるときはあんま考えなくていいんだ」

 「うーん、君とやるときは楽しくしようって思えるからさ。もしかして、迷惑だった・・・?」

 端目で隣の様子をうかがうが、あまりわからない。ゲームをやってる人間っていうのは特有のぼーっとした顔になる。

 「そうだなー、割と独りよがりな理由だよね」

 「う・・・」

 「ま、僕も別に好きだからいいよ」

 「そういってくれると助かるよ。ありがとう」

 ほっと息をついて、ちょっと息を抜いた。ちょうど、友人の大技が僕のキャラにヒットして画面外まで吹き飛んでいった。景気、よく吹っ飛ばされたキャラが変顔で画面にたたきつけられて僕も友人もひとしきり笑う。

 「でも、君がガチになるときって結構好きだよ?なんていうかさ、極めた人間って感じがして」

 「・・・僕なんてまだまだだけどなあ」

 「オタクはみんなそういうんだよ」

 「う・・・」

 「ま、いいからネット対戦でもしてなよ。僕、疲れたから見とくし。話しかけないし」

 「うーん・・・わかった」

 友人はコントローラーを置いて僕の視界に入らないよう少し下がった。

 僕は言われた通り、ネットのレート対戦に切り替える。

 ガチでやるというのも、もちろん楽しい。自分がある程度できるっていうのも理由なんだろうけれど。自分の全霊を注がなければ勝てないという、あの独特の緊張感が少し、いやかなり中毒性があるのだろう。

 キャラ選択画面で先ほどまでの大技キャラから小技・中距離を中心としたキャラに切り替える。

 
 息を大きく吸って、短く吐いた。

 
 コントローラーを握りなおして、姿勢を整える。強く握りすぎてもいけない。弱すぎてもいけない。緊張と弛緩の中間に自分を持っていく。流行のキャラの動きと対策をざっと頭の中で復習する。インプットは理論的に、理性的に勝ちという選択肢に持っていく最短経路を頭の中で反芻する。同時に手の中でコントローラとキャラクターをなじませる。準備運動はさっきしていたから問題はない。 

 思考を溶かす。雑念は邪魔になる。アウトプットは感覚的に、理論も理性も実際のプレイ時には必要ない。自動機械のように淡々と勝利への最短経路を引く。余計な思考、特にマッチ中に自分を客観的に分析なんてしだしたら終わりだ。結局、集中しているときは言語化なんてしている隙が無いのだから。客観的な部分に視点を置く必要もない。反省は後でリプレイでも何でも見てすればいい。

 マッチボタンを押した。

 もう、ここから先に言葉は要らない。

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 眼の色が変わるという、表現がここまでしっくりくることもない。

 姿勢が正され、表情が引き締まり、息が一定になり、指先がいつでも動けるように準備態勢に入る。少し後ろにいても、それだけ雰囲気が変わっているのがよくわかる。もう、僕のことも見えていないのだろう。所詮、ゲームである。加えて、超有名パーティ格闘ゲームである。真剣にやってるやつのほうがどう考えても少ない。

 でも、それでもこいつはこれ程ないってくらいに真剣にやっている。そして同じように真剣にやっている奴としのぎを削っている。

 いいねえ。 そう思うが、邪魔をしないように、声は出さない。

 別に僕自身が真剣にやれるわけではない。僕はそこまで真剣に取り組めないし、膨大な対戦経歴や練習も積み上げられない。でも、こういったなんというか、突き詰めるところまで、突き詰めたものっていうのはなんというか、くるものがある。

 マッチが開始された。

 ゲームのBGMを背景にコントローラーが間断なく、指先で押されはじかれ、複雑な処理を半自動的に友人の手によってなされていく。複雑な処理も、手順もあくまで勝つという目的のために鍛えられた手段に過ぎない。

 加減はない。ただ、純粋に勝利のために。呵責はない。一瞬の油断がそのまま自身の敗北を意味するから。

 歓声はない。ゲーム内の効果としてはあるけれど、彼の在り方に歓声を上げる者はいない。僕は集中をそがないために、ただそれを見守る。

 さっきまでの対戦からは想像できないほどの精緻な行動が画面上でなされていく。

 小技を中心に、中距離を徹底的にキープし続ける。相手は近距離スピードを中心としたファイターだが、的確に迎撃されているため近づくことはできない。自分の強みを押し付ける。相手のやりたいことはさせない。

 「勝つ」という方針に忠実になすためだけに、一挙一動がなされていく。楽しむために人と向き合えばともすれば不快になりかねないが、これはお互いが勝つためという暗黙の了解のうえによってなされている。

 そういう突き詰めた。何かである。

 友人が先制を許した。お互い、ダメージが溜まっているから、戦況は五分に近いがそれでも確実に先制された。

 友人の顔をちらりと見る。感情はあまり見えない。おそらく、それすら見えないほどに集中している。

 リードされてもやることはかわりない。ひたすら、自分が勝つための手を打っていく。

 可能な限り、自分に損失がなくリターンが高い手を順に順に、押し付けるように振っていく。

 一手が刺さり、相手を撃墜する。

 歓声はない。油断もない。逆に相手の手は少し、友人の調子を崩せなかったことでほんのわずかばかり単調になる。単純な突撃が多くなる。序盤に決めて見せた、トリックプレイもなりを潜め始める。

 それを友人は的確に止めていく。一つ、一つ、ともすればひどく地味な差し合いの末にダメージ差は着実にたまっていく。

 ほどなくして、致命的な一手が刺さり、撃墜が入る。

 二機制だったので、それで試合は終了で、そこでようやく友人は息を吐いた。

 「おつかれ」

 「うーん、やっぱしんどい。楽しいんだけどな」

 試合中とは裏腹に、弛緩した友人の声が響く。先ほどまでの闘志も、ち密さもかけらも見られない。

 「いや、やっぱ見てんの好きだよ」

 「だといいけどさー」

 突き詰めたものは、きっとなんだって美しいのだろう。

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