『桃太郎 〜曲解編〜』

桃太郎の周りには、彼が桃から生まれたという理由で偏見を持つ者はいなかった。
皆桃太郎に優しかった。

生まれが桃なんておかしい、僕はきっと人間じゃないんだ、と桃太郎が言うと、おじいさんとおばあさんは決まって

「おかしくないよ。桃太郎は正真正銘私たちの子だよ」
「そうそう、見かけだって、みんな周りの子たちと一緒じゃないか。桃太郎は立派な人の子だよ」

と丁寧に言い聞かせた。

それでも、桃太郎はその言葉を信じなかった。

桃太郎は、自分だけ特別でいたかった。

自分が桃から生まれたと知った時、自分は他の人より特別な存在であるという意識が微かに芽生えた。
もしかしたらいつか自分の中の特別な才能が開花するかもしれないと待ち望んでいた。

しかし、桃太郎は勉学や武術はおろか、山の仕事や家の雑用においても、可もなく不可もなく、何につけても自分が平々凡々であると自覚しなければならなかった。

周りが自分を抵抗なく受け入れる時、おじいさんやおばあさんに人の子として育てられる時、桃太郎の自尊心は傷つけられた。

自分は生まれつき特別な人間だ。
特別な存在として認められたい。

周囲の評価に対するフラストレーションが日に日に募っていく一方、まちでは鬼の出没が話題に上るようになっていた。

「また夜中に鬼がこのまちに出たんだってさ、こわいもんだよ」

「肌が赤や青で、目つきが鋭いんだ。おっかねえったらありゃしねえ」

その噂は桃太郎のもとへも届いていた。
皆が恐れる鬼が、桃太郎は羨ましくてたまらなかった。

自分は何をやっても注目されないのに、鬼は肌や顔つきが違うと言うだけで、その存在がまちじゅうの話題になる。
ただまちを歩いただけで。

鬼が、許せない。
自分は鬼よりもずっと特別な存在なのだ。

それならば、鬼がいなくなればいいのだ。
自分が鬼を倒して、自分は英雄となり、鬼という特別な存在をやっつけた自分はさらに特別な存在となるのだ。

おじいさん、おばあさんは桃太郎が鬼退治に行くことに乗り気ではなかった。

「あんな恐ろしい奴らには近づかない方がいい」

「そうだよ。とっても怖いんだ。桃太郎1人じゃ危険だ」

しかし、桃太郎は意地でも2人の言うことを聞き入れなかった。
自分が普通の人間でいることのほうが桃太郎にとってはよっぽど恐ろしいことだった。

「…じゃあ、これを持ってお行き。わしらじゃ足手まといになるから、強い仲間を連れて行くんだよ。それだけは約束しておくれ」

それが鬼退治に行く条件だった。

自分より強い仲間を連れていったら、そいつが特別な存在になって注目されてしまう。
だが信頼する2人との約束を守らないわけにはいかなかった。

結局、桃太郎は通りすがった動物たちを連れて行くことにした。
動物なら口も聞けないし、手柄は自分だけのものになるだろう。

桃太郎は、鬼たちが寝静まって油断している時間に突撃し、鬼たちは抵抗する間も無く桃太郎たちに殺されていった。
桃太郎が鬼退治の証拠品として鬼の持っていた財産を持ち帰ってくると、たちまちまちじゅうの噂となった。

桃太郎が鬼をやっつけたんだってさ。「あの」恐ろしい鬼を。

鬼を退治したのはまだ若い少年だってさ。たいしたもんだな。

周りも桃太郎をすごいすごいと褒め称えたので桃太郎も最初のうちは嬉々としていたが、その高揚感も長くは続かなかった。
というのも、桃太郎が気づいたのは、どんなに自分が褒め称えられても、注目されるのは「あの恐ろしい鬼がいなくなった」ということで「鬼を倒したのは桃太郎である」という事実はそれほど認知されないということであった。

特別な存在を倒したにも関わらず、自分は「鬼を倒したある1人の少年」というだけの存在だった。

だんだん、自分が特別になりたいというだけで大勢の鬼を殺してしまったことに罪悪感を抱き始めた。
そんなつもりではなかったのだ。ただ特別な生まれであるという自覚をしてしまった以上、普通の人間として埋もれていたくなかっただけなのだ。認められたかっただけだ。

その後、桃太郎の鬼退治は伝説となりそのまちに語り継がれていくことになるのだが、桃太郎は鬼ヶ島から帰って少し経った頃にはおじいさんおばあさんの家から姿を消し、まちにも見当たらなくなってしまった。

英雄となったにも関わらず桃太郎がいなくなった理由を、そのまちの誰もわからなかった。

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