『止まっていた姉と』

 ある日、双子の弟の夏音がいなくなった。

 「しばらく家を出ます、無事なので心配しないでください。ただ、探す必要もありません。訳はいつか説明します。体にを気を付けて過ごしてください。あと日記に身体の記録をつけるのだけは忘れないようにしてください」

 そんな書置きを残して。

 大学から帰った私はそんな書置きを見つけて、最初はしばし固まっていた。弟がこんなことをしたのは当然恥じてだった。どういうつもりなんだろう、なにか弟の身に危機が迫ることがあったとか?この文章も誰かにむりやり書かされたとしたら?

 そう思って、しばらく書置きの紙を裏返したりしながら眺めるけれど、筆跡に乱れた様子はなくて、なにより日記のことをまめに書いているのがどう考えても、弟本人の意思で書かれたとしか思えないので私は軽くため息をついて思考するのを放棄した。携帯も試したがつながらなかったし。よくわからない、よくわからないが弟はしばらく家を出ることにしたのだ。その事実だけ納得する。

 二人分の奨学金で借りた、少し大きめのアパートは一人で使うには少々広すぎて、いつもの話し相手がいない私は口寂しさに冷蔵庫から出したぶどうジュースを飲んでいた。

 アルコールは身体がまだ受け付けない。

 ふとメモの件を思い出して今日の数値を計測することにする。

 身長139.2cm、体重32.8㎏

 若干、増えてんじゃんと色めき立ったが、できるだけ胃に何も入れていない状態で測るようにと言っていた弟の言葉を思い出して肩を落とす。

 ぶどうジュースの分、増えてるだけじゃん。

 ---------------

 「ということがあったの」

 「へえそうなんだ。凪音、喧嘩でもしたの?」

 「いや、さっぱり思い当んないかなあ」

 「どうかなあ、わかんないよ?そういうの相手は真剣に思ってるけど自分はそうでもみたいなこと多いじゃん」

 「そうなの・・・かなあ?本当に思いつかないんだけど」

 翌日、学部の友達の近江と昼休みにそんな話をする。うんうんと唸りながら最近の弟の様子を思い出してみるけれど、特に変わった様子は思い出されなかった。いつもの弟だったように思う。

 「もう、大学生だしさ好きなようにしたらいいと思うんだけれど、ほらあんな見た目じゃん?変なのに絡まれてないか、ちょっと心配なの」

 「あー・・・・そっか、なのと同じ何だっけ?」

 近江は私の身体を指さしながらそう口を開いた。初対面ならちょっと失礼な示し方だが、まあ数か月ほど一緒にいる仲なのであまり気にはならない。

 「うん、あいつも成長止まってるからね。ぱっと見、十歳くらいにしか見えないし」

 「そっかー、それは確かに心配かも。大丈夫かね、弟君」

 「どうだかなー、まあ精通も始まってないような肉体年齢だし。危ない奴に狙われることもない・・・かなあ」

 「いやー、そういう子の方が危ないっていうか・・・・、え、弟のシモの発達具合なんでしってんの?」

 「え?そりゃ、こんな変な発達具合だし、話の流れで聞いたことがあったの、私も生理来てないし」

 「そ、そっか・・・。共有するもんかなあ、そこ。え?生理来てないの?!」

 「そうだけど?」

 「まじかー、あの痛みをしらんのかー。はあ・・・」

 「あはは、何回も言われた。それ」

 そんな会話をしてから、アパートに帰ると小包が家のポストに入れてあった。ちらと後ろを見ても差出人が書いてなくて不審に思いながら小包を開けると、弟がそろえてたシリーズ漫画の最新刊とメモが入っていた。

 こっちはこっちで元気にやってます。なのも大学生活楽しんで。日記付けてる?

 弟からだった、わざわざ私が読みたいだろうと漫画の最新刊まで送りつけてきたみたいだ。遠くに行ったのか、近くにいるのかよくわからん奴だった。

 「なあにやってんの、あいつ」

 ちょっとくすっときてから、ご飯の準備に取り掛かる。まあ、なんにせよ元気みたいだ。それはそれでいいのかもしれない。

 あ、忘れないうちに、測っとくか。

 身長139.2cm、体重32.7㎏

 うーん、誤差ね。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。