『サンカヨウ』

シロは、半年前に灰になった

一本の動画と、手紙を残して。

私の家は喫茶店を営んでいる。

珈琲の香りと使い込まれた木の家具たちが心地好い。

祖母が始めたこの店も、今では私がオーナーだ。

店長は猫のなずなで、シロは、常連客兼お手伝い。

いつもゆったりとした時間がながれるタルトが自慢の喫茶店だ。

シロと出会ったきっかけは父親同士で仲が良かったことだった。

小さい頃から病気を抱えていたシロは、ずっと入退院を繰り返していて友達はいないに等しく、それを聞いた父が私をシロのいる病院まで連れて行ってくれたのだ。

(時々うちの喫茶店にも来てくれていたシロのお父さんは、私のことも娘のように可愛がってくれていて私も懐いていた)

最初はその中性的で綺麗な顔立ちと大人びた雰囲気に圧倒され、お互い口数も少なかったが

何回か会ううちに打ち解け、三日に一回は電話するほど仲良くなった。

グラウンドに咲き始めた桜、中間試験の点数、文化祭の準備、クラスの会話…

流行や学校生活などについて目を輝かせながら尋ねる姿はさながら子犬のようだった。

桜が散り、雪が解け、気が付けば恋人となっていた。

シロは、見た目通り品のある大人びた人間だったが、結構な天然ぼけでもあり

一緒にいると心が和んだ。

私が大学を卒業してオーナーになったころ、シロがお店でお手伝いを始めた。

ふたりでお店を開けて、新作の会議をして、買い物をして…

毎日が当たり前に光っていて、とっても幸せだった。

それから四年ほど経って、シロは病状が悪化し病院生活になった。

数か月のうちに、シロはほとんどベッドの上で過ごすようになった。

そして、一本の動画と手紙を残して灰になった。

幼いころからの付き合いであり、かけがえのない恋人だった。

遺された動画では、ベッドの上に座ったシロが話していた。

起き上がるのも辛いはずなのに、そこには私の大好きな笑顔があった。

死に装束のように真っ白な服に、ふたりで買った指輪が銀色に光っていた。

(もともと白色が好きで、名前と好みと容姿が合いすぎる人だったからこの服に深い意味はないのだろうけど)

当初ぴったりだった指輪は、一年もしないうちにネックレスになった。

申し訳なさそうな顔をするシロをなだめ、ふたりでチェーンを選んだ。

後ろでひらひらと舞うカーテンと、生けられた切り花が現実感を薄めていた。

「凛とした」この言葉がとても似合った。

そのまま、花の風に溶けてしまいそうだった

「忘れられるわけないでしょ

忘れたくない。

 本当はもっと一緒に居たかった。
 
ずっと一緒に居たかった。

戻ってきてよ、また一緒に珈琲飲もうよ

桜も、花火も見に行こうよ

早くお店開けてお客さんに「お久しぶりです」って

「長い間お店閉めててごめんなさい」って言わなきゃ

新しい豆を仕入れに行って、帰りになずなの好きなおやつを買いに行こう

ねぇ、おはようって言ってよ

おかえりって言って

おやすみって、またねって、明日は何しようって、

愛してるって言ってよ…」

涙が止まらなかった。

あの声が聴けない、

あの笑顔を見られない。

生きていたって、もうシロを抱きしめることはできないんだよ

シロと手をつないで歩くことも

笑いあうことも。

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