『新たな超能力』

「新たな超能力を得よ」

 そう、神に言われた。たった今、息子と泥遊びをしている最中のことである。きっと、神のお告げというものだろう。
 俺はおよそ普通の男である。今だって仲良く息子と遊んでいる。ほかの男と違うことと言うと、瞬間移動が出来ることだ。しかし生活には必要ないようで、うまく使ったことは一度もない。だから神が、何ゆえに新しい能力を得なさいと言うのか、それは全く分からない。
 しかし、これは神のお告げである。無視する訳にはいかず、修行をするためにインドへ発つことにした。

 さて、インドに着いた。もちろん一瞬である。今までで最も効果的に能力を使った瞬間であろう。だいぶ奥地になっているようだ。ここに“風を操る”能力者が居るらしい。師匠になってくれるかも知れない。ああ、あの人か。ご老顔に「風」って書いてある。文字通り。
「僕に風を操る能力を教えて頂けませんか」
 ただそれだけを言った。すると、
「ああ」
と、荘厳な声で返ってきた。教えてくれるらしい。
「ありがとうございます。感謝致します」
「早速始めるぞ」
「えぇ!? 早いですね。せめて自己紹介だけでもさせてくださいよ」
「やる気がないのか」
「いいえ、そんなことは。どうかよろしくお願いします」
 少し怒られつつも、師匠のもと修行は始まった。難しい試練が待ち受けているのやも知れぬ。
「と言っても、風を操るなんてとっても簡単だ」
「そうなのですか? てっきり難しい修行が待っているのかと」
「なに、この木箱を……おっと」
 どうやら木箱であるそれを師匠が落としたので、拾おうとすると、止められた。
「やめなさい、その手、泥だらけじゃないか。わしの木箱に触るでない」
 ああ、手は泥遊びのままだった。後で洗っておこう。
 すみません、と謝ってから、風を操る方法についての説明を聞いた。本当に簡単だった。この木箱――師匠のとは別なもの――を両手で持ちながら、「吹け」というだけであった。これを知ったので、俺は日本に帰った。

 ここは確かに日本である。しかし瞬間移動の際、具体的な場所をあまり意識しなかったため、ここは来るはずのなかった、謎の砂丘である。
 まあいいや、と言いつつ、箱をしっかり持つ。もしこれが成功すれば、俺が神のお告げの通り、新たに能力を取得したことになるだろう。高まる胸を押さえつけ、

「吹け」

と言ってみた。すると、風が起こった。成功である。心は歓喜に包まれていた。しかし、砂丘でやったのが失敗だった。砂埃が舞って目に入り、パニックになったのだ。
 慌てて目を擦ったその手は、まだ泥だらけであった。

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