『喧嘩青年と見知らぬおっさん』

 「助けを求めてるだけの奴は助けられないんだ」

 「ああ?」

 ある日、路地裏で見知らぬおっさんに喧嘩を吹っ掛けた。むしゃくしゃすることがたくさんあったように思う。報われないこともたくさんあった、なんで誰も助けねえんだと憤ったりもした。そんな苛立ちを見知らぬおっさんにぶつけた。結果から言うと、ぼろくそに負けた。ゴミ捨て場に投げ込まれて、ひっくり返ってると、そんな言葉が上から振ってきた。

 「だから、人は誰かを助けないと助けられないんだよ。相手に求めてばかりじゃ、助けられることなんてないんだ」

 「矛盾してんじゃん、そんな余裕ないから助けてほしいんだろ」

 「矛盾、いや別に矛盾じゃないさ。余裕がないってのも要するに思い込みだからな。お前だって、転んだ子どもに手を差し伸べる力くらい残ってるだろう?」

 「自分より低い奴を見つけて、悦に浸れってか?」

 「歪んでんなあ、そんな難しいこと言ってねえし、それでどう思えとかも言ってねえじゃん」

 「腹立つよ、結局、余裕のあるやつのセリフじゃねえか、それ」

 「余裕、ねえ。そんな必死こいてまで欲しいもんか?」

 「持ってるやつにとってはそうだろうなあ、こっちはな承認欲求と自己否定で毎日死にそうなんだよ。おっさん、俺が何思ってるかなんて知りもしないだろうが」

 「そうかい、確かに知らねえなあ。でもお前な。結局、誰かを、いや多分その前に自分を助けなきゃ、結局のところ救われねえぞ、ずっと」

 「だから、それができねえっつてんだろうが!」

 「そっか、わかった。じゃあ仕方ねえ、もう一回ぶちのめしてやる。あとは勝手に反省して、勝手に救われとけ」

 「・・・いやだよ、おっさん強いじゃねえか。もう二度とやらねえよ」

 ひっくり返ったまま、そういうとおっさんは突然笑いだし始めた。

 「・・・っぷははは、なんだ、ちゃんと自分を守れるじゃねえか!いいんだよそれで、それができればお前は大丈夫だ」

 「はあ?」

 「自分が大事だったろ?今。そう思えるんなら大丈夫だって話だ。まあ、色々間違えるだろうが、ちゃんと飯食って寝てれば、お前はそのうち前に進みだすよ」

 「ふっざけんな、そんな楽天的になれるか!」

 「いいや、大丈夫さ。お前は、今はだめでもそのうちなんとかなる。誰かを助けれるし、誰かに助けれらることもある。あとは、そういうのに気付けるかってのと、人と比べるのも構わんがほどほどにしとけってくらいだな」

 「脳みそ沸いてんのか!?俺のどこにそんな要素があるんだよ!?」

 「助けを求めてる、それを口に出した。まだ要素は少ないが、いずれそれも足りる。だから、まあ大丈夫だ。道は半ばだが、ちゃんとお前は山を乗り越える、勝手に救われるよ」

 「なんだよ・・・それ」

 「じゃあな、少年、元気にやれよ。また暇ならけんか相手くらいならやってやるよ」

 寝っ転がったまま、おっさんを見送る。投げられた背中は痛かったが、それ以外はたいしたことはない。

 ごろんと転がって、ぎぎぎと呻きながら起き上がる。

 しばらくぼーっとして、おっさんが去った方向を眺める。

 「無責任な大人だな・・・」

 腹が立ったのはたしかだった。ぼろぼろに負けて悔しくもあった。

 でも、よくよく感じれば、おっさんの言葉がまだ少しだけ頭に残っている。あんなことを言うやつは今まで、いなかった。

 まあ、おっさんの言葉に従うようで癪だが、俺が勝手に救われるのも悪くないのかもしれない。

 ぼろぼろなまま、路地を出る。

 試しにつまづいた子どもを探してみた。

 「・・・いねえじゃん」

 言った後に、なんだかおかしくもあった。こんなぼろぼろな年上に、手を取られて怖がらない子どもがいるか?

 腹が立つが、家に帰ることにした。そんで風呂入って、飯食って、眠ろう。

 きっとそれからでも、つまづいた誰かを探すのも悪くない。

 「さあ、勝手に救われてやるか」

 背伸びして、歩き出す。あ、でもあのおっさん、次会ったらぶっとばそう。そう思うとやる気がわいてきた。

 いつかぶりに、にやりと笑った。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。