『コンビニエント』

傷ついた彼は数ある中から私を選んだ。
これは単なる偶然だと分かっている。自分がただの都合の良い存在だということも分かっている。
それでも、私が選ばれたというのは紛れもない事実だ。
この瞬間、彼は私の運命の人となった。
なんたって、私が生まれて来たことに意味を与えてくれたのだから。
彼のモノになってから私は彼の右腕にずっとしがみついていた。
食事の時、テレビを見ている時、寝る時、お風呂に入る時は目一杯の力でしがみついていた。
私は、片時も離れたくなかった。離れてはいけないと思った。
彼は私にとって唯一無二の存在だからだ。
そんな私を彼は重いと思うのではないかと不安でたまらなかった。
しかし、彼は特に気に止めていない様子で、時折私の事を撫でてくれた。
今、彼の傷を埋めること、彼を癒す手伝いをできるのは私だけに違いない。
早く彼を癒してあげたい。そう強く感じた。
それと同時に、私の中で別の感情が産まれた気がした。
彼と一緒になってからどのくらいの時が経ったのだろうか。
彼と私では時の流れがまるで違う。きっと、1週間も経っていないのではないだろうか。
彼との生活は満ち足りている。見るもの全てが輝いていた。ずっと彼と一緒にいられたらどんなに幸せだろう。
しかし、私の体には限界が来ていた。
このままずっとしがみついていたいのに、彼の腕を掴む力はどんどん弱まっていく。
そんな時、彼の左手が私に触れ、そのままゆっくりと優しく私を彼の右腕から引き剥がした。
私は悟った。もう用済みなのだと。
私の限界が来ようが、来なかろうが遅かれ早かれこうなる事は分かっていた。
彼の傷は既に癒えていたのだ。
彼の傷を癒すためだけの存在だというのに、彼の傷が癒えることを何よりも恐れてしまっていたという事に今更気がついた。
そんな自分が堪らなく嫌になった。こんな私が彼ともう居られなくなるのは、至極当然なことだ。
だけど、私は諦めない。諦めきれない。
私は、彼の指を最後の力で、精一杯掴んだ。
しかし、彼は鬱陶しそうに指を強く振る。
私の抵抗も虚しく、遂に捨てられてしまった。
まるで、ゴミのように。
そうだ、私はもうゴミ以外の何物でもない。
だって、私は所詮ただの絆創膏なのだから。

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