『怪盗の盗んだもの』

 大怪盗から予告状が届いた。
『貴殿の美術館より、一番大切なものを盗まさせていただきます 怪盗』
 この予告状―――いや、挑戦状を受けた美術館のオーナー、有栖川は不敵に笑った。
「わが美術館は完璧な警備体制にあります。彼が狙っているのはおそらく、この美術館の中でも最も有名な、王家の宝玉でしょう。これを、怪盗の手から見事守って見せようではありませんか!」
 有栖川は集まる記者たちの前で高らかにそう宣言した。

 当日。増員された警備員と、防犯設備で、館内も美術館の外もものものしい雰囲気につつまれていた。
「いやはや、この中から盗み出すのは至難の業ですな」
 宝玉を背に、副館長が恰幅のいい腹をたたきながら誇らしげに言った。有栖川もうなずく。
「外には警察も待機させている。この状況では、盗むどころか、侵入することも難しいだろう。怪盗の初めての失敗となるわけだ」
「そして、仮に盗まれても、でしょう?」
「もちろん、ぬかりない」
 2人は互いを見やり卑下た顔つきを浮かべ、その先にある宝玉を見つめた。
「そう、絶対に盗むことなどできぬのだ」
 その時だった。
「侵入者あり!侵入者あり!!」
 とうとう怪盗が現れた。2人は身構えくだんの怪盗がその場に現れるのをじっと待った。
 警報からほんの10秒ほどで、くだんの怪盗は目の前に現れた。
「よくぞ突破したものだな。だが、残念ながらお前の狙った宝玉はここから盗み出すことはできないぞ」
「何を勘違いしているのでしょう。わたくしは、宝玉を盗むなどとは一言もいっておりませんよ」
「なんだと……?」
 怪訝な顔をする有栖川をよそに、怪盗は非常口の方へ走り去っていく。
「それでは、ごきげんよう」
「ま、まて!そいつをとらえろ!」
 待てと言われて待つ怪盗などいるはずもない。ただとっさにそう投げかけ、有栖川も追いかけながら、怪盗が何を盗むといっていたのかを思い出そうとしていた。
 一番大切なもの。
 いったいなんだ、と思いながらも、有栖川の美術館に飾られているものの中に、宝玉以上に盗まれて困るものなどない。
 いや、まてよ。
 まさか、あれのことではないだろうな?
 有栖川は途端に顔が真っ青になった。
「なんでもいい!!なんとしても奴を逃がすな!絶対に捕まえろ!!!」
 あいつは、宝玉の真実を知っているんじゃないのか?
 有栖川の全力をもってそろえた警備員も、警察たちも役に立つことはついぞなく、怪盗はそのまま逃げおおせた。
「館長、宝玉は無事でしたね。さすがにこれほどの警備では、彼も盗めなかったのでしょう。さすがです、館長。有栖川館長の勝ちですね」
「勝ちなものか!!くそ!」
「館長、早く戻りましょう!確認しなければ!」
 有栖川はその場で真実を知らないのんきな警備員に罵声を浴びせ、副館長とともに急いで秘密の部屋へ向かった。

 有栖川と副館長しか知らない秘密の部屋に、あっていてくれと願っていた装置と手順書はなくなっていた。
 そう、彼は一番大切なものを盗むといった。
「やられた……奴は、これを知っていたんだ」
「でも……どこからでしょう……」副館長は、力なく空に問いかける。
「そんなこと、今となってはどうでもいい。これで金を稼いできたんだ、もともとどこかでばれるはずだったんだ。ああ……なにもかも、どうでもいい。」
 有栖川はそのまま、仰向けに倒れ、思考を放棄した。

 1週間後の朝刊では、美術館のことが取り上げられていた。
『王家の宝玉は偽物!?大量に出回る贋物と、本当にあるかもわからない本物?本物の宝玉と偽り、精巧な贋物を作りだして荒稼ぎをしていた疑惑は真実か!?』
 怪盗は朝刊をながめながら、コーヒーをすする。
「金の生る木。有栖川、あんたがもっとも大切にしていたものだったろうに」
 怪盗の前の前では、いまだにいくつもの宝玉が複製されていた。
 もはや無価値になった、ただきれいな石を今日も袋に詰めて町中にばらまくとしよう。

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