『先生へ』

前略
 先生。この度は働き口をご紹介いただき誠にありがとうございました。そして、わざわざ紹介いただいたにも関わらず、裏切るようなことをしてしまい申し訳ございません。
 先生の元を卒業して以来二年、私が成し遂げたことといえばしょうもないインターネットビジネスにのっかって日銭を稼いだことくらいです。ご立派な先生から見れば、いよいよしょうもなさも極まれり。死んでいるも似たような生活だとお思いになることでしょう。わざわざ四年もかけて卒業していったくせにこのようなところで燻っているだなんてなんたる愚行だと、怒りを越して呆れていらっしゃる先生のお顔がありありと思い浮かびます。

 でもね、先生。俺はね、この二年ほど人生を謳歌した期間はないと思ってるんですよ。
 朝でも昼でも起きたい時分に目を覚まし、どこに行くでもなく、誰に会うでもなく、ただ気の向くままにパソコンか本とだけ向き合う。己の腹を空にしない程度にだけ食べ、どうしても出かけなければならない日だけ身なりを整える。寝たいときに寝て、またそれの繰り返し。
 何もなさない、誰のためにもならない人生ではございますが、元より人の一生なんてそんなものなのではなかろうかと、俺は最近気づいたんです。
 そもそも人はなぜ働くのか。やりがいのため? お金のため? 大変申し訳ございませんが、どうにも俺は人のために働くという行為にやりがいを見出すことができない人間です。また、お金の方もぎりぎり死なないくらいあればそれでちょうどいいとすら考えています。
 就職することが幸福とは限りません。立派なキャリアを形成することもまた然りです。俺にとっては、この、生きているだけの、何もなさない人生こそが幸福なのです。ただ楽をして微小な金を稼ぎ、ぼうっと生きていきたいだけなのです。先生にはご理解いただけないでしょうが、これが俺の生き方なのです。

 と、いうお話を、今更してしまい申し訳ございません。何分俺自身この思想を自覚したのはつい最近のことでございまして。せっかくこれまで色々と俺の就職についてお世話いただいたのに。
 そうだ。タイミングがあればで結構ですが、つい先日ご紹介いただいた「御社」には先生の方からも俺が申し訳なく思っていることをお伝えください。いやね、自分で謝りたい気持ちも山々なのですが「二度と顔を見せるな」とまで言われてしまったので……。
 先生にはホントに感謝しています。どうか俺みたいなろくでなしのことなんか忘れて、お幸せにお過ごしください。                                         敬具

令和2年10月19日

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