『愛』

「ねえ。」
「…」
「やろうか。」
「うん。」
ベッドの上で静かに抱きあった二人は、次第にねじれるように絡みつき合った。
高揚が絶頂に達した二人は、互いの衣装を鋏で切り始めた。相手の中身が自分の手で切り開かれていく興奮を、二人は楽しんだ。
何もかも言い訳できぬまでに切り取られ、露わになった肉体の、男は女の華奢な白い切っ先に、女は男の細く引き締まった筋肉に、きりきりと張り切った糸の実質を覚り、絶句した。
言葉の失われた世界はまるで時が止まったようだった。
その止められた時間を動かしてでも、男は言うことがあった。
「君は綺麗だよ。」
それは今女の形を保っている女に対しての最後の求愛だった。
「男の方が、綺麗だよ。」
だが、女は俯き加減のいつもの調子で返事を返した。
男はしばらく黙ってから、平然と、
「君はいつも通りだね。でも、そう言ってくれなきゃ、今からの行為に意味が出ない。そうだろう?じゃあ、始めようか。」
そう言って、座っていた女の股間に鋏の根本を当てると、蕾に切先を食い込ませ、喉の方へと刃を滑らせた。女は一瞬打ち上げられた魚のようにビクビクと痙攣したが、すぐにぐったりと倒れこんだ。男は喉まで切り込んだ鋏をちょきんと閉じると、今度はそこから双肩に向かって、刃を進めた。股も、同じように切った。女はぐったりとしたままだ。
「さあ、これで君の番は終わりだ。次は僕の番だ。やってくれるね?」
男がそう言うと、女はゆったりと起き上がり、それと同時に被さった皮が窓を開けるように自然に開いた。
「ああ、」
綺麗だ。これが、女の、中身。噛み殺したはずの声を男は隙間から漏らした。「綺麗だ、綺麗だ、綺麗、綺麗…」声が漏れてしまう度に、男は、臓器が黒く変色し、蛆が湧き、ぼろぼろと腐り落ちる幻覚を見たが、そのために、今も溢れ出す鮮血で彩られた臓器のニュアンスがより一層現実味を帯びて重く感じられた。男は、臓器ではなく、それが女の中身であるということに興奮していた。男は射精していた。しかし視界いっぱいに広がるシュールな広野に釘付けになっていた男は、自分が射精していることに気づくはずがなかった。男は惑溺していた。ただ呆然と、女の臓器を見つめていた。
しかしもちろん、女はそんな男の思考なぞ知るよしもなく、持っていた鋏を使って丁寧に男の身体を切り開いた。座っていた男は我に返ったように目から光が消えたかと思うと、「あ゛っ」と叫んで硬直した後、だらりと液体になった。女はちょきちょきと皮膚を切り取りながら、涙を滲ませているようだった。
切り開かれた男は、でろでろの皮をぴらりと捲り、自らの臓器を指さして、女の臓器も指さして、
「ね、同じだったでしょ?僕たちは、何も変わらないんだよ。」
すると女は泣き出し、男の腸へ倒れ込んだ。男はたまらず血を吐いた。
「苦しかった。いつも男は素敵で、美しくって、なんで私なんかが恋人をやれているのか不思議だった。でも今やっとわかった。私たちって、同じだったんだね。」
男は黙って笑顔でその答えを受け入れた。まだ泣いている女の頭を撫でて、それから壊さないように優しく抱きしめた。
「えへへ」
「ふふ」
生まれた笑いは、暖かい。二人は何処までも緩慢と落下していく感覚を覚えた。きっとこのまま落ちていけば、二人は同じになれる。一つになれる。そんな感じがした。
女は優しさに甘えて溢れ出した男の体温の中に潜り込もうとしたが、男が苦しそうにしているのを見て、やめた。
そして二人は抱き合い、互いの心臓を確かめ合い、腸を触った。二人は、腸のロープで首を吊り、視界が暗みだし、色彩が暴れ出す幻想的な瞬間を、心臓で受け止めていた。どく、どく、どく、どく。間違いなくいつもより近づいた心臓は、だからこそどこまでも遠く、だからこそ重なっていると、二人の中で感じられた。二人の興奮は、絶頂に達していた。そこで男は、
「セックスをしよう。」
と提案した。
女は当然それを許した。
しかし男は、
「でもせっかくやるならもっと素敵なことをしよう。君の中の中、つまり、腸に挿れてもいいかい?」
女は少し躊躇した後、
「うん。私も、あなたをもっと奥で感じたい。」
と言った。
男は、女の胸元に自分の腸を落としながら、巨大にした自分の男根を、女の腸に入れた。
二人の声は重なった。初めはゆっくりと、女は擦れるたびに「ああ」とか「いい」とか、言葉にならぬ恍惚を表現した単語を作ることに必死だった。しかしやがて男がもう我慢できないといった様子で腰を振る速度を速めると、痛みに喘いでいるのか快楽によがっているのかもはや分からぬほどに、「あああああああああああああ」とか、「いひいいいいいいいいいい」とかを叫び出した。男はそれを快楽に喘いでいるのだと了解し、さらに腰を振った。
「あああああああああああああ」
「ああ、気持ちいいんだね」
「あいいいいいあいいあいあいいあい」
女はその叫びと共に血飛沫を男に浴びせた。その生暖かい血が冷えた顔にかかるたびに、男はこれが現実であることを実感した。強く結ばれた現実感は男にとって絞首も同然だった。浮遊する男の体。それを繋ぎとめる視界を染める強烈な色彩。赤や白や黄色や肌色。きれいだなあ。男は次第にそれしか考えられなくなってきた。あまりにも速く腰を振りすぎたために腸が全て外に出てしまっていることに気づいていなかった。女の方も女の方でもう力尽き果てかけているようだった。男が頬にキッスをしても、女はただ「ああ」としか言わなかった。男は、腸から男根を抜き、
「最後に、君の腸と、僕の腸を結んでもいいかな。」
女は、ただ「ああ」と言ったきり、何も言わなくなってしまった。
男は黙々と夥しく飛び出た自分の腸と女の腸を引っ張り括りつけた。
「結べた」
「結べたよ」
「結べた」
「あはは」
「あはは」
「あー」
男は直後にばたりと倒れた。

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。