『雪芥、塵華』

「ねえ、主様。雪とは、本当に綺麗なものと思いんすか?」

 絹の夜着に溶けた温もりの向こうで、女の声がゆるく飽和する。遠くで聞こえる衣擦れに瞼を開けると、窓辺に坐した花魁は街を見下ろして小さく息を吐いた。

「…どうして」
「ふと、思ったのでありんすよ。地上に降った雪は、確かに白かもしれんせん。…なれど、空から降りて来る雪は灰色のように見えんす」
「…」
「同じはずのものなのに、どうしてここまで違うのか…主様は不思議と思いんせんか?地上に降り積もるまでの刹那に、一体何がございんしょう」

 細い手の伸びた格子窓の隙間、朝の冷気に白んだ冬空が綻び出した。
 迷い込んだ小さな雪の子が、女の手に触れて音も無く溶けて行く。

「それは…きっと、空が白すぎるからにありんす」

「…ッ」
「汚れたはずの塵芥も、一たび地上に舞い降りれば綺麗ともて囃される。…ふふ、まるで遊女のようではありんせんか。汚れたもののはずなのに、貞潔を装って更に汚されるのでありんすから」
「それは…」
「この街も、吉原遊郭も同じにありんすよ。本来穢らわしいはずの遊女が煌びやかに映るなど…灰色と真白の区別もつかぬ地上と同じ、曇り切った世界にございんす」

 自らを捕らえた鳥籠の外、はらはらと零れる六華を見上げて、女は泣いたように微笑んで見せる。

「…ねえ、主様。もし、わっちが普通の街娘にありんしたら…わっちには、雪が清らかに見えたのでありんしょうか」

 視線を移した格子の外で、白い景色はまだらに移り変わる。
 “春”を愁う小さな吐息は、静かに立ち昇って廓の朝に溶けて行った

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