『三題噺:換気扇 切り取り線 新聞』

換気扇の回る音が鬱陶しく、また外から漏れ聞こえる蝉の声も神経をささくれ立たせた。
女は今、今年一番と言っていい程最低な気分であった。まだ1年の半分も残っているが、それはそれである。
ふと横を見れば彼の荷物が映り、奴の顔を思い出した私はしかめっ面で思いきり顔を逸らした。
訂正しよう。彼ではなく元、彼である。
先週、突然結婚すると知らせてきた奴の相手は勿論自分ではなかった。ようは浮気である。それもこちらが本命ならまだしも、あちらが本命なのだから笑えない。
何だかんだと言い訳をしていたが頭には入らず部屋から追い出したのは記憶に新しい。さっさと荷物も送り返すなり何なりすれば良いのだが、何だか動く気にもなれないまま時間だけが過ぎていっていた。

ガサガサと玄関の方から音がしたので顔だけそちらを向くと、郵便受けに何か差し込もうとされているところであった。
この時間なら新聞ではなくチラシの類だろう。
しかしここ数日放置した郵便受けは私の気持ち同様、受け取りをかたくなに拒否し、チラシを押しやっている。しかし相手も仕事である。
チラシを無理無理押入れ、その結果前に詰められていた新聞がポトリと玄関先に落ちてきた。
何かきっかけが欲しかった私は仕方なく大きくため息をつくと玄関へとぼとぼ歩き出した。
新聞やチラシの山をがさりと一抱えにすると落ちていた新聞も拾おうと屈む。するとチラシが数枚目の前へ落ちてきた。
「あぁもう!」
それだけで苛立ちを募らせた私は持っていた山をゴミ箱に詰めると落ちた紙も拾うため再びかがみ込んだ。
チラシに書いてあったのは最近出来たのだろうカフェのアンケート用紙のようだった。行ったこともない店のことなどわかるわけが無い。
そう、仕事が忙しく出掛ける余裕などなかったのだ。
チラシの下にはカフェで使うクーポンも付いており、切り取り線がつけられていた。
それを見つめていた私の心は急速に萎んでいく。
人の心にもキリトリ線があったならどんなにいいだろうか。
そうしたら、この気持ちごと全て箱に詰めてそれこそ奴の荷物ごと薪にくべてやるというのに。
薪がダメならそのまま燃やしてやるというのに。そう自分を怒りへ誘いはするが、心は萎むばかり。
悔しくて、しかしこんなことで泣く自分が情けなくて私はそのままうずくまってようやく泣いたのだった。

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