『ピーナッツアップデート』

「売上がまた落ちた。」
「こっちもだめだよ。」
「だいぶ単価も落ちてきた。」
いつからか農家の会合はいつからかこんな会話ばかりで、生気のない言葉が農家達の宙を渡り鳥のように飛び交った。

私を含めこの辺の農家達は代々ピーナッツ農家を生業としてきた。
だが私達の世代のピーナッツ農家は大きな難問に直面している。
「またアレルギーのニュースだよ。」と久保さんがニュースを見ながら言った。
「食物アレルギーのニュースが取り上げられるたび、ピーナッツアレルギーじゃありませんようにと祈っているよ。」大原さんは心労を吐き出すよう言った。
ここ10年位で食物アレルギーと関係した事件は世の中を取り巻き、人々の食物アレルギーやアレルゲン食品に対する意識や考えは大きく変わった。
特にピーナッツに対する印象は大きく変わってしまった。
「先週あった小学生の事件、アナフィラキシーショックを起こしたが、一命はとりとめたみたいだぞ。」私が言うと、「でもテレビのニュースじゃやらないよ。もう旬じゃないから、ネットで取り上げてもサイトのトップに表示されない限り、皆忙しいから注目はされない。」と大原さんは私の話題はすぐに鎮火した。
会合を行っている公民館の一室は、みんなの負の感情が見えない霧になって部屋を立ち込めている気がした。
そんな中”トントン”ノックの音が負の霧を貫き部屋に響き、一人の男性が部屋に入ってきた。
スーツ姿の中年男性は「こんにちは、今お時間よろしいですか?」と言ってきたので、私は「どのようなご用件ですか?」と問いかけた。
「本日はピーナッツの今後について農家の皆さんとお話がしたいのです。」とスーツ姿の男性はニンマリと笑顔で言った。
私は馬鹿にされているような気分になりながらも、部屋に招き入れた。
「ピーナッツの今後ってどういうことですか?」久保さんは前のめりになって言った。
「そんなことよりあんた一体何者なんだ。急に入ってきてピーナッツの今後がなんて偉そうに。」大原さんは嫌悪感を全開にして言い放った。
「申し遅れました。私は日本ベールの営業をしております。国見と申します。」
私達は驚愕し、初めて時計の針が止まっているような感覚に陥った。
「バイオ化学メーカーのベールですか?」と久保さんは時の止まった空間に勇敢に切り込むように発した。
「ご存知いただき光栄です。」
「えっ!? なんでそんな大企業の営業の方がこんな田舎の公民館にいるんですか?」
「皆様ご存知だとは思いますが、私共の親会社であるセールカンパニーのあるアメリカでは、ピーナッツアレルギーが深刻な問題となっており、品種改良や遺伝子組換を繰り返しアレルギー反応が起きないピーナッツを開発したのですが、日本ピーナッツ協会が日本での栽培や販売は禁止だというのです。その事についてぜひ皆様の現場の意見を聞かせてはいただけないでしょか?」
「そんな夢のようなピーナッツを協会の奴らはなんで禁止するんだよ。」久保さんは怒りを顕にしていった。
「安全性の問題や倫理的な問題があるんじゃない。ピーナッツの細胞をいじるのだから。」
大原は気味悪そうに話した。
「でも私達の意見で協会の禁止が撤回になるとはおもえないのですが?」
国見は笑顔でA4くらいの大きさの紙を差し出した。
「こちらに署名とサインをしていただければ協会を動かす力となります。」と文字が隅から隅までびっちりと書かれた用紙を指さしていった。
久保さんは空腹の犬が餌にむしゃぶりつくように、そのA4用紙に手を伸ばし記入をした。
大原さんと私はその紙には署名をしなかった。
国見はジェラルミンケースにその用紙をいれ「本日はお忙しい中、ありがとうございました。」と言って部屋を去っていた。
国見という嵐が去った後、久保さんは私達に「なんで署名をしないんだよ。」や「あなた達は親から引き継いだこの職業を潰したいのか。」などの言葉をぶつけ、まるで非国民のような扱いを受けた。

そんなことがあってから1年が経った。
ニュースでは食物アレルギーのニュースが騒がれ、食物アレルギーの中でも症状が重症化しやすいピーナッツは、これ関係のニュースでいつも主要人物のような立ち振舞で中心を陣取っている。
「また、子供だよ。勘弁してくれよ。」と久保さんが言うと、「外食産業や学校でのミスなのになんでピーナッツの印象がどんどん悪くなるんだよ。」と大原さんがぼやいた。
私はこんな会話がまた今年も聞けて、まだピーナッツ農家で生き残れていると実感していたその時だった。
画面にニュース速報が美しい火花のように走った。
テレビはスーツの着た、いかにも報道系担当というな顔つきのアナウンサーが「ここで速報です。アメリカの大手バイオ化学メーカーのセールカンパニーが開発したアレルギー反応の起きないピーナッツの販売や栽培が日本で認められました。」と淡々と読み上げた。
「本当かよ!! これでいつまで続けられるのだろうとビクビクしないで、農業が続けられる。」久保さんの瞳には薄っすらとうっすらと涙が浮かんでいた。
私はあの時は乗り気ではなかったが、久保さんの喜びようを見ていてなんだか嬉しい気持ちになったが、大原さんは「でも遺伝子組換えや品種改良なんでしょ。本当に大丈夫?」と祝福ムードの中に疑心の弾丸をぶち込んだ。

栽培や販売可能になると久保さんは一目散に新種のピーナッツに飛び込み購入し栽培し、私も少しだけ購入し栽培をした。
アレルギー反応が起きないピーナッツは飛ぶように売れた。
「今年の売上はすごい。親父の頃と同じくらいに売れてるよ。」久保さんは笑顔で言った。久保さんの顔つきは去年と全然変わっていて、顔を見ているだけで財布事情が潤っていることがわかった。
ピーナッツの消費量は増え、全国のピーナッツ農家の殆どはセールのピーナッツを栽培し、去年とは大違いなほど皆の羽振りがよかった。
そんな世間の状況を見ていて、否定的だった大原さんも新種のピーナッツに手を出した。
ピーナッツの印象は回復をし、スーパー売り場面積は広がり、ピーナッツは姿を消さなくとも私達はピーナッツ農家から姿を消すと思っていたのに、そんな不安はセールカンパニーというダイナマイト粉々にふっとばした。
だがこのピーナッツは唯一欠点があった。
毎年収穫しているピーナッツから、次の年の種になるものを保管するのだが、従来の保存方法だと軒並み全滅なのだ。
「クソ全然だめだ。そっちはどうだった。」久保さんが聞いてきた。
「こっちもだめだよ。全然うまくいかない。」
「こっちも全滅。」大原さんが言った。
ネットで検索をすれば”セールのピーナッツ全然保存できないマジでくそ”や"またセールのピーナッツの種を買わないと"などの言葉が溢れた。
私達はこれからセールカンパニーにとって終身名誉常連客として扱われるのだろう。

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