『現実を生きる』

「私は可愛くない。」
そんな、誰が見ても明らかと思えるような真理に、私は大学生になるまで気がつかなかった。小さい頃から両親は私のことが世界一可愛いと言って育ててくれ、祖父も祖母も私のことが世界で一番可愛いと言ってくれた。私が一人っ子だったことがその勘違いに拍車をかけた。さらに母も父も兄弟がいない為、祖父母にとっても私が唯一の孫だというのも私の勘違いを助長する原因になった気がする。

普通の子であれば、きっと小学校や中学校で気づくのだろう。男子の心無い一言や、周りの友達の鋭い言葉で気づくのが一般的だと思う。しかし、私は大学生に入るまで、つい最近まで気づかなかったのだ。
幼稚園、小学校と私は常にクラスの中心にいた。中学は小学校とほぼ同じメンバーだったため、中学でもそのままクラスの女子の中心となるグループに所属し、その中でも常に中心にいた。それはもしかしたら、小学校デビューに成功したからかもしれない。
当時の私は自分が一番だと思い込み、それにより自分に自信があった。小学生一年生なんて、まだ自我が芽生えているのかどうかよく分からない子ばかりだ。私の自信たっぷりな姿、態度を見て、周りのみんなも勘違いしたのだろう。そしてその勘違いという名の魔法は中学校を卒業するまで解けなかった。私はクラスの中心にいたので、そんな私に対して可愛くないなんていう女子は一人としていなかった。
男子に時々「やい、ブス」と言われていたが、私に気があるからこそそんなことを言うんだね、と本気で思っていた。飛んだ勘違いである。
高校は女子校に入った。そこでは中心のグループに入ることはなかったが、特にいじめられることもなく、平穏な高校生活を送った。だから、高校でも全く私が可愛くないということに気づかなかった。相変わらず両親も祖父母も私のことを可愛い可愛いと褒めてくれていた。

大学に入るまで、私は恋をしなかったわけではない。幼稚園の頃、同じクラスの聡太君と両思いになってファーストキスを捧げた。聡太君は小学校入学と同時に東京に引っ越していってしまったので、それ以来私は恋をしていない。恋ができないんじゃない、私は聡太君のために恋をしないんだけなんだ、小学生、中学生の私はそう本気で思っていた。高校の時は女子校だったので、男子と出会う機会がなかった。

大学で私は東京に出てきた。初恋の男の子、聡太君に会うためだ。ただ残念ながら大学内で聡太君という男の子に出会う機会はなかった。
高校の三年間が男子のいない環境だったからか、大学に入って男子の多さに圧倒された。周りにはお洒落にきめ込んだイケメン風な男の子がいっぱいいた。私はようやく私にも真っ当な恋ができると確信した。私は可愛いから、どんな男の子でも落とせると思っていた。
彼氏を見つけるために、私は比較的緩いバトミントンサークルに所属した。その理由は聡太君だ。Z週に二回、バトミントンをした後に飲み会。典型的な日本の大学生の生活を楽しんだ。そして、私はある男の子に恋をした。
夏休みの合宿で私はその男の子に告白をした。私の美貌があれば絶対に大丈夫だと思っていた。
しかし、彼の答えはNOだった。そして彼に信じられない一言を投げつけられた。
「マジで迷惑だから。お前全然可愛くねーのになんか勘違いしてんじゃねーの」

私は信じられなくて、他の男の子にも告白をした。でも、その男の子にも断られた。そして、それさえも信じられなくて、もう一人の男の子にも告白した。結果はもちろん駄目だった。
そうやって三人の男の子に連続で振られて初めて、私は自分の容姿が可愛くないことに気づいた。それを受け入れることは、今までの人生を否定するのと同じだ。両親の愛、祖父母の愛を否定するのと同じだ。でも、私はそれを受け入れざるを得なかった。

正月の家族の集まりで、堪えきれなくて私は泣いた。両親も祖父母もいる中で、私は泣いた。理由もちゃんと説明して、それで私はまた泣いた。それでも、両親も祖父母も、そんな男の言うことなんて聞く必要はない、私はすごく可愛いからって慰めてくれた。
私はもう私が可愛くないことに気づいている。だから、その家族の優しさが嬉しくもあり、申し訳なくもあった。家族の優しさを感じた嬉しさとやるせなさで私はまた泣いた。

「私は可愛くない。」
そんな真理に気づくのに18年もかかってしまった。しかし、気づけてよかった気がする。もちろんすごくショックだ。でも、そのまま夢の中で生き続けるより、ちゃんとこうして現実を受け止めて、現実を生きる方がずっといい。でもだからと言って、私は恋を諦めたわけではない。
三ヶ月前から、すなわち正月休みが明けた頃から私は居酒屋でバイトを始めた。そして、そこにはあの聡太君もバイトとして働いていた。そのフルネーム、そして何よりその優しい笑顔で私は聡太君だと気づいた。大学生になった聡太君は残念ながらかっこよくない。昔の面影は残っているけど、間違いなくイケメンの部類には入らないだろう。でも、性格はあの頃のままだ。純粋で、優しくて、どこか頼りなくて。

残念ながら、聡太君は私のことを一切覚えていなかった。
でも、聡太君は今日、私をデートに誘った。私と一緒に映画を見たい、と。こんな不細工な女と本当に映画に行きたいのと私が尋ねたら、聡太君は少し困った顔をして、ゆうこさんは確かに美人ではないけど、でも一緒にいて楽しいから、と言った。失礼にも程がある。でも、そんな聡太君の正直なところはやっぱり憎めない。聡太君が私のことをどう思っているのかは分からない。でもとにかく、私は明日、初恋の人とデートをする。この恋が上手くいくかどうかは分からない。でも、私は今ちゃんと現実の中を生きている。だから、この恋がどうなったって構わない。ちゃんと現実の中を生きられている実感があるから。でも、できればやっぱり聡太君も私のことを好きでいてくれたらいいなというのが本音かな。

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