『タチアオイ』

ふと窓の外を見れば、庭先に沢山の立葵の葉が見えた。その大きな葉がポツポツと降る雨に打たれて揺れている。
どんよりとした天気に関わらず、茎は地面から天高くまっすぐ伸びていた。
下の方にはだんだんと丸いハイビスカスのような花が咲き始めている。

白、ピンク、赤、紫―――それこそ数えきれないくらい、夏になると庭のあちこちに立葵が咲いていた。祖父の好きな花で、店から買うのは勿論のこと、近所の花好きな方々から種を貰っては撒いているのでそこら中に増えていったのだ。
その中でも祖父が一等気に入っていたのが真っ赤な花を咲かせる立葵だった。空の青いコントラストと立葵の赤を眺めるのが好きなのだという。
そんな祖父は居間の窓を開けてすぐのところへお気に入りの赤を植えていた為、いつでもここから赤い花を眺めていた。
こうしてよくよく眺めてみれば、真っ赤な花がいくつもついた立葵は確かに美しい。

―――立葵が天辺まで咲くと、梅雨が明ける。

そう教えてくれたのはやはり祖父だった。
本当に梅雨が明けるのかと子供心にワクワクして眺めていたが、その年は生憎温暖化とやらの影響なのか暖かい日が続いたせいで殆ど梅雨らしい梅雨もなく終わってしまった。
それを何だかとてもがっかりしたのを覚えている。

今年はというと、茹だる様な暑さはまだ空の向こうで、異常気象も少なく例年通り梅雨を迎えた。
だからだろうか、ふと祖父の言葉を思い出したのだ。
今年こそは祖父の言葉通り立葵が知らせてくれるのだろうか。

天辺まであの立葵の花が咲いた頃、きっと夏が来る。

祖父が帰ってくる頃にあの花はもう咲いていない。
せめて写真だけでも飾ってあげようと私はカメラを探しに部屋へと戻って行った。

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