『ある音声レコーダーの記録』

*記録されている音声データを再生します。

「私の名前はマーティン・トビアス・ジョーダン。第2研究所に勤めていた研究員です。持参した音声レコーダーに遺言を残そうと思います。
 父さん、母さん。愛しています。先立つ不幸をどうか許してください。私はおそらく助かりません。しかしそれは、体に致命傷を負ったとか、ウィルスに感染したというわけではありません。そう思う理由は他にあります。
 私は今、瓦礫の山に埋もれてほとんど身動きが取れない状態にあります。何度助けを呼んでも、誰かに届いた気配はしません。このまま見つけてもらえなければ、私は衰弱しきってしまいます。だからまだ力が残っているうちに、私の身に何が起こったかを記録しておきます。
 最後に覚えているのは、実験に使用していたアリが急激に巨大化し、施設が崩れいていく光景でした。研究していた薬がなんらかの影響で想定外の働きをしたものと思われます。研究所の崩落に巻き込まれ、私は逃げ出すこともできずに地下へと落ちていきました。そしてその時の衝撃で気を失い、少し前に回復しました。
 今の時間は、正確にはわかりません。どこかの電灯が奇跡的に生きているのでなければ、おそらく昼でしょう。隙間から光がわずかに射しています。
 ……父さん、母さん、死ぬ前にもう一度会いたかった。また三人でテーブルを囲っ……。
 なんだ、なにか大きな音がする。どんどん近づいてくるような……うわぁああああああ!」

「神よ、あなたに伝えたい。ありがとう、奇跡だ! 先程大きな音がしたと思ったら瓦礫が崩れて地上に出ることができた。一緒に潰されなかったのは奇跡としか言いようがない。その奇跡で、私はまたこうして太陽を拝むことができたのだ。おお、神よ!」

「マーティンだ。どうやら私はとても厄介な状態にあるらしい。建物や道路がメチャクチャになっている。そして人の気配は全くない。私一人が世界に取り残されたように静かだ。どうなっている? まさかあの巨大化したアリが暴れまわっているのか? そうだとは思いたくない。引き続き探索を続ける」

「今私は商店街にいる。しかし、やはりというべきか誰もいない。ゴーストタウンだ。商店も何かになぎ倒されて目も当てられない。
 これは最悪の展開だ。私が気絶している間に世界の状況は一変したようだ。信じたくはないがあの巨大アリが人類に牙を向いたのかもしれないが、ここに来るまでにそれらしい姿は見ていない。それはつまり、私がいる場所からかなり遠くまで移動しているということか? 被害はどこまで広がっているのか検討もつかない。
 日が傾いてきた。ひとまず隠れられそうな場所を見つけて今日は休むことにしよう。幸いにも、崩れた商店にまだ食べられそうな物が残っていた。盗むのは気が引けるが止む終えまい。明日からも探索の日々が続くと心が重いが、定期的に音声メモを残そうと思う。おやすみ」

「街を見て回ったが、やはり誰もいないようだ。建物もほとんどが原型をとどめていない。あのアリ一匹にこうまで文明は蹂躙されるものなのか。
 今日は歩き回って疲れたが、ナイフやコンパスなどサバイバルに使えそうな物を見つけた。食べ物もまだ数日分はある。ここに留まり助けを待つか、それとも助かった人をこちらから探しに行くべきか。私はどうすればいいのだろう?」

「今、私は森の中にいる。理由は……あれを見たからだ。あれはアリではない、バッタだ! 巨大バッタが跳んできた。思い出すだけでも悪寒が走る。私は見つからないよう密かに、しかし急いで街を出た。大きな木が多いこの森はまだなぎ倒されていない。ということはやつらと遭遇する危険性は低いだろう。恐怖と疲労でいつの間にか気を失っていた私が、こうして朝日が登るまで生きているのが証拠だ。
 おそらく、研究所で巨大化したのはあのアリだけではなかったのだろう。バッタも確か研究対象だったはずだ。もし最悪を想定するなら、実験に使用した虫が全て巨大化したということか? そうであるなら、人類はすでに敗北してしまったのだろうか? だから誰にも出会わない? クソッ! 嫌な想像ばかりが浮かんでくる。父さんは、母さんは無事だろうか?
 見つけた食料もほとんど置いてきてしまった。残された貴重な水を飲んだら、また食料を探さなくてはならない。すごく、気が重い」

「とても、嫌な気分だ。血溜まりに転がるライフル銃を見つけてしまった。きっとあの化け物と戦った勇敢な戦士のものだろうが、彼あるいは彼女はどこへ行ったのだろう。無事に逃げ延びたのか、いやそれなら弾の残っている銃を置いていくはずがない。また考えたくない光景が頭に浮かんで来やがる。死体はどこに行った? まさか、食われたのか?
 頭を冷やそう。確かなことは武器を手に入れたということだ。まだ希望は失われていない」

「してやったぜ! あのクソ野郎をぶっ殺してやった! たかがでかくなっただけのカマキリが人間に歯向かうからこうなるんだ! 死んだ、死んだ、やつの頭をふっとばしてやったんだ! ザマアミロッ! おらナイフを喰らえッ!
 ……はぁ、はぁ……」

「なんで誰もいないんだ、どうして俺は一人なんだ。だれでもいい、人に会いたい。今すぐ誰かとハグしたい。寒い、寒い、腹が減ったよ。誰か助けてくれ。死にたくない……」

「マーティンだ! こうしてメモを取るのは久方ぶりのような気がする。もしこれを聞いている人がいたら、久しぶり、と言わなくちゃいけないかな。
 私は今、高い崖の上にいる。そして眼下に広がる森の向こうに狼煙が上がっている。きっと生き残った人間がいるはずだ。いやいるに決まっている。なにせこの世界で火を操れるのは人類だけなのだから。
 しかし問題がある。あの忌々しいアリ共が狼煙の周りを我が物顔で闊歩しているのだ。この辺は高い山が多くて、どうやら無理をしてでも森を進まなければならないようだ。だがやつらは狼煙の部分を敢えて避けているように見える。やつらを追い払えるほどの火が焚き付けられているようには見えないが、もしかするとあの煙に何か理由があるのだろうか?
 一刻も早く人類との再開を果たしたい。なにせ手元にはもう食料は残っておらず、あるのはナイフと、コンパスと、弾の入っていないライフル銃のみ。限界だ。しかしこの状態で森に向かえば、やつらと鉢合わせしたときに逃れる術はないだろう。
 夜ならばアリ共もいなくなるだろうか。しかし空は分厚い雲に覆われていて、手元のコンパスにすら月の光は届かないだろう。かといって私に残された時間は少ない。近く行動を始めなければ。
 とにかく、今は休むしか無い。次の行動はそれから考えることにする」

「アリ共がいない! どうやら早朝ならば奴らも現れないようだ。行くなら今しかない!
 やっと人に会える! 俺は助かった! ハハハハッ! 俺は孤独から救われるんだ! ありがとう神よ! 俺は救われた! ハハハハッ!」

*音声データは以上です。

*容量が少なくなっています。不要なデータを削除してください。

面白かったです。 この音声データを再生したのが誰なのかを想像してしまいました。