『禿頭』

私は髪の毛が、かなり薄くなっているのに気が付いていた。
昔は通勤電車は今のよう冷房車は稀であり、通常は車内の天井にある扇風機が回っていた。
扇風機の近くに行けば涼しいから、極力近づき立っていた。
トンネルに入ると車内に灯りがつき、窓ガラスに我が頭が映し出された。
髪の毛は地肌が見えないように丁寧に朝整えていたが、扇風機のせいで一挙に疎ら頭になり、まるで不毛地帯に見えた。
長髪だから、ややこしいのだと退社後に床屋に行った。
覚悟して「坊主刈りにして」と、店主に頼むと「冗談でしょ、一旦切ったらもう戻りませんよ。後でのりでくっつけろと言われても無理ですよ」と言われたが。
帰宅電車の中では、気兼ねなく扇風機の真下でその回転に合わせ、我が頭を360度回した。
自宅に戻り「ただいま」と。
玄関に出てきた妻が「キャー、あんた誰?」と言いながら110番のダイヤルを回し始めた。
慌てて「オレだよ、俺と」叫んだ!

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