私は幽霊が見えた。
厳密にその白い影が幽霊かどうかは分からなかったけれど、彼らは自身を既に死んだ人間だと語り、私もそれを信じたので、少なくとも私にとってそれは紛れもなく幽霊だった。
その日、私は見知らぬ少年の肩に幽霊が、白い影ついているのを見た。それが人につくことは、そんなに珍しいことではないけれど、宿主を浮かない顔にさせている時は大体その白い影が原因だ。
やめなよ
それとなく少年に近づいて、頭の中でそう言葉にした。白い影は言葉は通じないけれど、人の思いには敏感だ。白い影は最初はうろうろと揺蕩っていたが、少しして思いの出どころを見つけて私の方に向き直った。
見えるの?
頷いた。影は少し首を傾げたように見えた、首などないけれど。どうして、と聞きたいのかも知れない。
そのままじゃその人、しんどいよ。
私の思いを受け止めた影はゆっくりと、少年から離れた。ただ少し浮いただけで、完全には離れていない。大丈夫かな、と少し心配だったけど、少年がばっと周りを見回したのを見て少しホッとする。何かしらの変化はあったのだろう。
少年は周りを見回して、拍子にばっと私の方を見た。私はそれとなく微笑んで踵を返す。これからどうなるかはわからないけど、達者でやるといい。
「待ってくれ!」
急に手を掴まれて、歩いていた勢いで下半身だけがつんのめった。
「え?」
驚いて振り返ると、さっきの少年がそこにいた。どうして?彼に何か変化があっても、それと私が関係あるとは思えないはずなのに。
「えっと、君、大丈夫?」
「あの、何がですか?」
「その、しんどそうに見えたから」
首を傾げる。私がしんどそう?そんなはずはない。辛い思いをしていたのは、彼の方なのに。現にまだ少し顔は青ざめている。
「うん、大丈夫です。ありがとう。あなたこそ、しんどそうですけど大丈夫ですか?」
「いや、僕は大丈夫。君こそ…」
…なんだか、キリがないな。こういう時は、相手が言いたいことをとりあえず最後まで聞いてあげるに限るかな。
「お互いしんどいみたいだし、どこか座りません?」
「あ、すいません!」
少年は少しハッとしたようになって、私の手を離した。私はとりあえず、近くの空いてるベンチに座った。付いてきた少年も少し間を開けて私の隣に座った。
「えっと、唐突なんですけど首のあたり痛くありませんか?」
少年はそういって自分の首をなぞる真似をした。首?言われてなぞると、首の右側がたしかにズキと痛んだ。
「あとは手首と目の下とふくらはぎとかもかな」
まさかと思って、言われた所に触れると同じように、そこに黒いものが滲むような痛みがあった。
「痛いところは、お風呂であっためて軽く揉むとちょっとマシになるよ」
え?と私が戸惑っている間に、少年は腰を上げると、それじゃ、といって走り出した。呼び止めようとしたけど、その頃には随分と離れてしまっていた。ふと上を見上げるとさっきの白い影が私を見て笑っているような気がした。
じゃあね。あの子をよろしく。
そんなことを言われた気がした。なんとなくだけど、少年のとても大事な人があの影だったのかも知れない。
ゆっくりと目を閉じた。今日はゆっくりお風呂に入ろう、そう思ってから息を長く吐き出した。
長く、長く、長く、長く、長く、長く。
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僕は生きている人の心の傷が見えた。
それは体のどこかに仄暗い傷として、映っていた。それが明確に心の傷なのかはわからないけれど、心が癒されたといった人はその傷が消えていったから、僕にとってはそれは心の傷だった。
ふと後ろに何か気配を感じて、振り向くと僕とおんなじくらいの女の子がいた。
一瞬目を見張った。
細かい。
細かい傷が、身体中にひしめく様に、ひび割れみたいに、覆っていた。
思わず声をかけた。待ってくれと。突然声をかけてから何を言えばいいのかわからなかったけど、目に見えて大きな傷だけ教えて、対処法だけ教えておいた。
それでなにかが変わるわけではないけれど、少しもマシになるといいと思った。恥ずかしくなったので、慌てて別れを告げて走り去った。
足を止めて少し落ち着いてから、目を閉じた。傷つきやすいあの女の子が少しでも、楽になればいいなと、そう願って息を吐き出した。
深く、深く、深く、深く、深く、深く。
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名前も知らないあの人がどうか幸せでありますように。
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