『OLと家出少女』

 私の名前は 坂上 夏目(さかがみ なつめ)。
「最近の誘拐犯ってのは何を考えてるんでしょうね?」
 職場でふとそんな話題が出た拍子に背筋にいやな汗がジワリとにじんだ、そんな女だ。
「昔だったら、誘拐って言ったら身代金だったり、猟奇殺人だったり、まあ大変なことだけどわかりやすいもんでしたけどねえ。最近の誘拐犯ってのはよくわからないもんで、人を連れ去るだけ連れ去って、特に何をしているわけでもないんですよ。一緒に暮らして、いやらしいことをするわけでもない。どういう目的でそんなことするんでしょうね」
 いや、ほんと、なんででしょうね、わけわかりませんね。口がぴりぴりと乾くのを感じながら、震えかけた声で私はどうにかそう答えていた。

 まさか、自分がそのよくわからない誘拐犯だとは口が裂けても言えないのであった。

「おかえりー」

 家に帰るとその子がいる。私が先日拾った女の子。私より少し背が低いくらいで、髪は肩まであり、ほんのり茶髪に染まっている。見栄えは素材がよさげだけど、まだ化粧の腕が足りていない、そんな感じのどこにでもいる女子高生(自称)。

 名前は、みはる。・・・これも自称だから本名かはわからない。

「ただいま・・・・」

「どしたの?元気ないじゃん、なつめさん」

「いや、職場で誘拐のことが話題に上がってて。肝冷やしたの・・・」

「わーお、そいつはタイムリーですねえ。そうはいっても、まさか本当にここら辺にいるとは思ってないのでは?」

「どーだろねえ・・・」

 たまにテレビをチェックしているが、大きな誘拐騒ぎというのはニュースになっていない。幸い家出か何かと思われているのか、親に関心がないのか、どちらにせよ時間の問題で大事になるという気もする。
靴を脱いで仕事着のまま座布団の上にごろんと転がると、そんな私を見下ろして、みはるはけらけらと笑った。

「なつめさんは大変ですねえ。行きずりの女子高生なんか拾っちゃって」

 お前じゃろがい、と言ってやりたかったが気力が足りなくて言葉にならなかった。代わりに心底、ため息をつく。最近、ため息の回数が多くなっている気がする。

「ため息つくと、幸せ逃げますよー」

 寝ころんだ頭上で悩みの種はそう言って、また快活に笑っている。お気楽成分で脳みそが構成されているらしい。

 みはるとは一週間ほど前に出会った。
 最寄りの駅の近くに縮こまって座っていた。ホームレスがいるような発展した町じゃないから、違和感を感じたのだけれど最初は通り過ぎようとした。ただ、なんとなく、そうなんとなく気になって立ち止まった。その子が見知った誰かに似ている気がして。
 助けて。
 それがみはるの最初の言葉だった。
 なんで、ただ立ち止まった見知らぬ私に助けを求めたのかはわからないけれど、私は言われるがままこの子を家に上げてしまい衣食住を与えてしまった。最初は二・三日のつもりだったのだけれど、ばくばくと野生動物のように料理を食い、与えたもの全てに目を輝かせるみはるをみるとつい与えすぎてしまった。その結果、みはるは完全に居ついてしまい、今では同居人面で私の帰りを待っているわけである。何故、あんな場所で一人でうずくまっていのたか、両親はどうしているのか、そもそもどこから来たのか。わからないことだらけだが、みはるは何を聞いても適当にはぐらかすばかりでまともに答えやしなかった。まあ、それでもいいかと許容したのは私の落ち度だが。そんなこんなを続けているうちに、今の状況を他人に見られれば、カテゴリー的には誘拐になる状況にまで至っている。なにせ一週間だ、捜索願とか出されているころ合いである。

「むー、なつめさんが相手してくれない」

 そんな私の悩みをよそに、当の本人はお気楽なものである。

「最初に助けを求めてきた、かわいいみはるはどこにいったんだか・・・」

「失礼な!私は今でもかわいいですよ!」

 お気楽少女はそう憤慨した。私は軽く笑って、食事の準備に取り掛かる。

「今日のご飯は―?」

「カレー」

「ひゃっほうい!」

 いやあ、最近の誘拐犯ってわからないもんですね。自分でも何してるんだかわかりゃしない。
 いろいろ悩んだが、この喜びようを見ているとどうでもよくなってくる。まあ、もうしばらくだけ面倒を見てやってもいいか、と思うことにした。未来のことはその時の私が何とかするだろう。

 そういえば、最初に感じた違和感とは裏腹にみはるは知り合いの誰にも似ていなかった。
 後々、気づくことだけど、たぶんあの時感じていた面影は、昔どこかで泣いていた私自身だったのだ。

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