私ことなつめは先日からみはるという女子高生を部屋で飼育していた。人間に対して、飼育という表現はいかがなものかと思われるが、みはる自身がえらく小動物的な子なのでそれもやむなしかと納得できたりもする。
「む、なつめさんから、すごく失礼な雰囲気を感じますぞ」
そんなことを考えていると、件の小動物から反感の目を買った。しかし、その反感も小動物的でかわいいものだった、子猫がちょっかいにいやがるくらいの感覚しかない。なんでもないよと嘯いてみる。しかしみはるは信じていないようで、がるるとうなって見せた。反応がいちいち動物臭い子である。
「ありゃ、みはるは猫系だと思ってたけど、犬系だったか」
「ふふふ、六畳間のダックスとは私のことです」
犬系になっても小動物のままだった。変わんねえ、と苦笑しつつなんとなくみはるの頭に手をやる。逃げられるかとも思ったけれど、存外素直に撫でられてくれる。みはるの髪は柔らかくてさらさらと指の中を流れていく。本当に室内動物を飼っているかのような愛おしさと、これが若さゆえの髪質かという苦悩が肩を組んで私の脳内で湧き出てきた。
みはるといると、普段生活している中での苦悩がとても馬鹿らしい気がしてくる。それもこの子の存在が随分と非日常的だからだと思う。どちらが示し合わせたわけでもなく出会った家出少女が自分に懐いているというのは、私の今までの現実を塗りつぶして全くの別物に変えてしまっていた。
「ご飯にしよか」
「いえーす、今日は何ですか?」
「カレー」
「・・・なつめさんはイチローか何かですか?毎食カレーにすることでカロリー計算を簡単にしているんですか?それとも、そうしないと本来のぱぅわーが出せないんですか?」
「いや、作り置きしてるだけだって」
みはるがみょうちくりんな発音で私の食生活を問いただしてくるが、残念ながら私にそんな大層な背景事情はなかった。カレーが好きなことに偽りはなかったけれど。
「みはる、ごはんいれてもらっていい?」
「いえっさー、大佐の命令とあらば」
白米をよそってもらうだけで随分と権限が必要なものだ。そんなやり取りに笑みをこぼしながら、みはるがよそってくれたごはんにカレーをかける。そのあと、カレーの味のことや私がいない間にみはるが見たテレビの話をしながら二人でご飯を食べていた。何もすることのなかった休日にある種の意味が生まれていた。そんなことをこっそり思いながら、私は洗い物をしてその背後でみはるがごろごろと寝転がっているのを感じていた。
休日はその気になれば、自分自身が外界から遮断されている。今日の私にとっての世界はこの部屋の中だけだ、だから普段の煩雑な仕事も、みはるが家出少女で自分自身が誘拐犯となるかもしれないことも、思考の外だった。
いや、心の底ではわかっているけど、見ないようにしていたのだ。
「明日、仕事かー。やだなー」
「休んじゃえばいいんですよ」
「はは、そういうわけにもいかないの」
「あはは、ですよね」
休んじゃえばと、なんとなくみはるは本気でそう言っているような気がした。
みはるのほうを振り返ったけれど、表情は見えなかった。この生活もいつか終わるのだと、私はこっそり心の中でつぶやいた。
この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。