私はみはるという女子高生を室内飼育していた。人間に対して、飼育という表現を使うのはいかがなものかと思うが、みはるが動物っぽいのであまり気にはならない。
「なつめさん、じゃんけんしましょう!」
その日、みはるは意気揚々とそう言った。
「暇なの?」
「そんなことはありません。多忙の合間を縫ってじゃんけんをするのです」
この養われ小動物にどんな用事があるというのだ。私はいぶかしんで眉根を寄せる。
「具体的に言うと、次のバラエティ番組が始まるまでの間にじゃんけんをしなければならないのです。猶予はこのニュース番組が終わるまでの間です。」
「いや暇なんでしょ」
「むー、やるんですか、やらないんですか?そっちがその気なら私にも最終手段がありますよ?」
「・・・最終手段?」
ふっふっふ、とみはるは悪い笑みでほくそ笑む。とりあえず、どうでもいいことを企んでいることだけはわかった。
「だっさなっきゃまっけよー」
思ったより、だいぶ子どっもぽいな女子高生。
「最初はグー!」
私はグーをだした。みはるはパーをだした。
・・・・・・・・・・・・・・、私が拾ったのは小学生だったか?
「すがすがしいまでのずるね」
「はっはっは、勝てば官軍ですよ、なつめさん」
「いや、ルール違反だから」
「歴史的事実は勝者によって塗り替えられるのです」
聞きやしないなこの女子高生。先日まで、小動物臭かったイメージが粛々と近所のクソガキへと書き換えられていく。いや、かわいげがあるかないかくらいの違いしかないな。
「というわけで、バラエティ番組が始まったのです。洗い物はよろしくお願いします、なつめさん」
「・・・・はあ?」
「え?さっきのは洗い物じゃんけんですよ?」
あー、・・・なるほどそれで急にじゃんけんしだしたのか。テレビを見たいがためだけに。
私は無言でみはるのふくの襟をつかんだ。
「よし、洗い物しよっか、みはる。手伝ってね?」
「にゃー!勝者の権利でそれは拒否できるのですー!」
暴れてるけど、無視してそのまま引きずっていく。台所まで連れていくと、みはるはあきらめたように洗い物の準備をしだした。なんだかんだ、やる気があるのはいいところだ。まあ、洗い物を自分でするといったのは確かみはる自身だった気がするが。
「はあ、とんでもないスパルタ家庭に引き取られてしまった気がします」
「いや、私は里親じゃねーぞ、家出娘」
「え?」
「え?」
「そんな冗談言っちゃいけませんよ、なつめさん。私となつめさんの中じゃないですか?」
欧米風に肩をすくめるみはるのデコに無言で指を弾き飛ばす。無駄に快音が鳴り響いた、いいでこだねと心の中でほめておいた。嘘だけど。
「でぃ・・・DVです。家庭相談所にいかないと」
「それやったら、あんたの補導のほうが先じゃい」
私は軽く息を吐いて洗い物の準備をする。みはるが食器にスポンジで泡をつけるので、私がそれを洗い流して食器台に入れる。数回しかしていないが、もう慣れたものだった。
「ふふふ」
急にみはるがほくそ笑んだ。
「どしたの?」
私が聞いてもしばらくみはるはにやにやと笑ったままだった。何なんだかといぶかしんだけれど、楽しそうだから置いておく。泡をつけ終わって、一足先に仕事を終えたみはるはそこでようやく口を開いた。
「家族みたいで、いいものですね。これ」
普段の小動物のような感じも、小学生のようなあどけなさも感じられなかった。
年相応の少女の些細なつぶやきがだけが、そこにはあった。
そうえいば、この子が逃げ出して私のところに行きつくまでの話はまだしてもらっていない。
何それ、とか。私とあんたは家族じゃないでしょ、とか。馬鹿言わないの、とか。浮かんできた言葉はいろいろあったけれどどれもふさわしい言葉ではない気がした。
「そうね」
頭は迷っていたはずなのに、口は勝手に動いていた。みはるはにっこりと微笑み返した。
同時にどこかで誰かが、違う、とささやいていた。私は誘拐犯でこの子は家出少女なのだと。
目を閉じた。わかってる、と心の中の誰かに答えて。
みはるは幸せそうに笑っている。
今はまだ、そのままでいて。そう、心の中で唱えていた。
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