『ひねくれ少年と』

 ニュースでは今日も大人たちが将来の国家や現在の世界情勢をわめいています。
 曰く、この国は自衛が必要なようです。
 曰く、反対派は戦争などもってのほかだというようです。
 曰く、この国は近々他の国に利権も雇用も奪い取られてしまうようです。
 曰く、移民の流入こそが国際世論としては正しい在り方だそうです。
 曰く、この国の経済は破綻寸前だそうです。
 曰く、景気は好調へと向かっているそうです。
 曰く、この国はいずれ福祉制度が崩壊するそうです。
 曰く、少子高齢化により若者の負担が増加していくそうです。
 曰く、この国は先進国内で教育や福祉に関するサポートは最低ラインのようです。
 曰く、この国は多額の借金を抱えているようです。しかも、返す見込みがないと来ました。
 曰く、最新鋭のAIにより雇用は喪失し失業者があふれかえるそうです。
 曰く、自己責任の時代が来て社会的弱者は追いやられるようです。
 曰く、経済格差が広がり貧富の差はますます広がるそうです。消費税も高くなります。
 曰く、国の偉い人は外国の機嫌取りに必死で自国のことなんてあまり気にならないそうです。
 曰く、地球温暖化により地球は大きな危機を迎えるそうです。
 曰く、国際的には食糧問題から戦争が勃発しそれが第三次世界大戦となるそうです。
 曰く、世界のどこにいたとしても核爆弾の被害にあうリスクは存在しているそうです。

 どうやらこの国も世界も何やら大変な危機に陥っているようです。夢も希望もおとぎ話の中にしか登場しないのです。
 僕に何ができるのでしょうか。正直、何もできないと思います。僕はクラスでの発表がとても下手なので、同級生にもよく笑われているくらいですから。人を動かすことも変えることもできそうにもありません。隣の席の関君が授業中に居眠りすることすら変えられそうにありません。僕は力もなくて、人とうまく話すこともできない、ちっぽけな子どもなのです。どうすればいいのだろうという、ぽっかりと心の真ん中に空いた空洞のような疑問がごうごうと音を立てていました。空洞にどうすればいいの、と疑問を投げかけたところで答えは返ってこないのです。

 ある日の帰り道の途中、僕は男の人に会った。その人は僕がいつも一人でボールをけりに行く公園で、なぜかブランコを思いっきり漕いでいた。大人の男の人がそんな全力でブランコを漕ぐのをみるのは初めてだったので、僕は思わずぼーっと見入ってしまった。ブランコは普段じゃありえないくらい高く大きな音を立てて揺れていて、このままいけば一回転するのかなと考えていると、ちょうどブランコの高さを超えそうなくらいに高く漕いだ時にブランコがぐらっとゆれて男の人はバランスを崩してしまった。

「どっわったっ!」

 そんな声(?)をあげた男の人の乗ったブランコはぐらぐらと揺れて、男の人も必死にしがみついていたけれど、最後にはぐしゃっとブランコから転げ落ちた。主を失ったブランコはさっきの余韻でぐらぐらねじれながら、きぃきぃと音を立てて無人で揺れている。

「大丈夫ですか?」

 倒れたままあまりに動かないので、僕は恐る恐る男の人に近づいて声をかけると、男の人はごろりと転がって、寝ころんだまま視線をこちらに向けた。

「・・・誰?」

「・・・通りすがりの小学生です」

 もうちょっといい自己紹介もあった気もするけれど、それ以外は特に思いつかなかった。通りすがりの仮面ライダーとでも言っておけばユーモアがあっただろうか。

「あー・・・」

 男の人は何かを思い出したように声を出すと、むくりと起き上がる。それからブランコを手で無理矢理止めてそこに腰を下ろした。

「大丈夫だよ、けがはないし。打ち身くらいあっても何も困らない」

 どこか投げやりな感じでその男の人は言うと、僕のことをじっと見る。

「座らないの?」

 聞かれたので、僕は慌てて男の人とはとなりのブランコに腰を下ろす。

「あの、なんで?」

「いや、昼間にブランコ思いっきりこぐ大人なんて変だろ?そんで興味があったんじゃないの?」

 僕があまり言葉にできなかったことを、その人は引き取ってくれた。僕は黙ってうなずく。

「いや、唐突に何かいろいろが嫌になったんだよ。会社もそうだしこの社会のこととかいろいろ」

 わかんないかな、とこぼした後、その人は困ったようにぼりぼりと頭を掻いた。

「紛争のこととかですか?」

 僕が今朝のニュースを思い出しながら尋ねると、その人は最初はきょとんとした顔をしていたけれど、しばらくするとほくそ笑んだようにくっくっくと押し込めた笑い声をこぼしていた。

「そうそう、紛争のこととか」

「隣の国の大統領のこととか?」

「あれも嫌だな、なんであんな人、通っちゃったんだろうな」

「年金とかも?」

「そう、それも。自分はもらえないものの金を払い続けてるんだもんな」

「国の借金とかも」

「ああ、何兆円ってあるやつだろ?あんなのどうやって返せってんだよなあ」

 僕が言葉を並べていると、その人は笑って言葉を返してくれた。僕もそれが面白くなって思いつく限り言葉を並べてみた。自分でもびっくりするくらい、よくわからない不安の種がいっぱい出てきた。そうして、ひとしきり喋り終わって、少しだけ沈黙が続いた。

「・・・あと、隣の席の関君のこと」

 その人は、少し首を傾げた。ただ少ししてからにっこりと笑うと、僕の話を少し聞いてくれた。関君がまじめに授業を受けないこと。僕がうまくしゃべれないと、人一倍笑うこと。僕が好きな本を取り上げること。

「・・・そっか」

 話を聞き終わると、お兄さんはブランコを漕ぎ始めた。ぐんぐんぐんと漕いでいく。

「変な話だよな。こんなに解決できないことがいっぱいあって、世界がやばいってのに。一番、どうしようもないのは身近な人間との関係なんだもんな。分かり合えない、分かってもらえない、そんなことばかりなんだよな」

 お兄さんはブランコからぴょんと飛び降りた。今度は転がらずにきれいに着地した。

「それが解決できたらさ、巡り巡って世界平和も訪れるのかね?」

 お兄さんは振り返ってそう言って、僕は何か言おうとしてうまく言葉にできなかった。

「まあ、そう単純じゃねえか」

 お兄さんはそういうと、それとなく空を見た。もう夕暮れで帰りの時間が近づいている。

「少年は明日、学校?」

 僕は黙ったままうなずいた。

「嫌な奴がいるけど、行くんだ?」

 そういわれると、ちょっと迷った。でもうなずいた。

「いいね、がんばれよ」

 そういったお兄さんはなんでだか、小さな子どもみたいに、泣きそうな顔をしていた。

「じゃあ、俺は変人として通報される前に帰るわ。元気でやれよ少年」

 そういうと、お兄さんは夕暮れの中を歩いて行った。

 僕は夕暮れ空を見上げた。それから考えた。平和のこととか、社会のこととか、お金のこととか、学校のこととか。
 考え終わってからお兄さんのことを考えた。
 真似をしてブランコを漕ぐ。
 それから靴を勢いに任せて空に蹴り上げた。

 あしたてんきになあれ。

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