「た~すけてくれ~」
外から声がした。こんな夜中になんだ。
「誰か頼む、助けて」
仕方無いので外を見た。
そこには近くに住むタメゾウがいた。
「どうしたんだタメゾウ」
「たった今、い、犬がな」
「犬がどうしたんだよ。
ここらじゃあ犬っくらい別に珍しいもんじゃないだろ」
「いや、普通の大人の犬は全然平気なんだよ。
俺はな子犬が大の苦手でな、今もな寄ってきて俺の顔をペロペロ舐めやがるんだよ。
必死に追い払ったさ。
ちょっと腰が抜けちまった。
立つの手伝ってくれよ」
「しょうがない奴だな」
タメゾウに手を貸してやり、家へ送ってやった。
然し乍ら子犬が苦手なんて奴がいるとはなぁ、世の中には珍しい人間もおるもんだな。
次の日の夜、晩酌をしながらラジオを聴いていた。
大好きな演芸放送だ。
その中で何やら面白い話があった。
自分は本当は饅頭が大好きなのに、嘘をついて饅頭が怖いというそういう話さ。
そこではっとした。
ひょっとしてタメゾウの奴、本当は子犬好きなんじゃないのか。
そんな世の中に子犬だけが嫌いな奴なんておらんよ。
これは絶対にこの落語の話で俺をからかったんだ。
チクショこうなったら奴と一本勝負だ。
わざわざこの勝負の為に最近流行り出した、犬猫店で子犬を買ってきたよ。
誰かから譲り受けたら良かったってか。
そんなもんいつ生まれるんだか分からんもんに待ってられますか。
善は急げですからな。少々高くついたが、とてもめんこい子犬の買ったよ。
メス犬でなサチと名付けたよ。
幸せになるようにな。
犬っていうのは人間に比べて大きくなるのがたいへん早い。
そんなもんだから急いでタメゾウとの勝負に挑まなければ。
時間が少しでもできたら、タメゾウの家の周りをサチと共に散歩さ。
サチは散歩が大好きだから、いつも大喜びさ。
しかし一向にタメゾウに会わない。
もう気付いたらサチは大分と大きくなってしもうた。
最近では犬の散歩友達もできて、その中に偶々タメゾウの知り合いもいてなさった。
聞くとタメゾウは私と会った直後に引っ越ししたそうだった。
やっぱりタメゾウは犬も子犬も大好きだったらしい。
じゃああれは何のための芝居だったんだろう。
まぁ良いさ、今はサチが居てくれるから。
ほな!
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