『「酒場」No.68』

行きつけの酒場で一人ゆっくりと酒を飲む。

僕のいちばん好きな時間の過ごし方だ。

カウンターで飲んでいる僕の後ろにはテーブル席がある。

程よく混んでいる。

名店は酒が旨いし、酒の肴も旨い。

ちょうどホロ酔いになった頃、後ろのテーブル席で喋っている男の声が耳に入ってきた。

恋愛百戦錬磨の話のようだ。

「女ってものは単純なんだよ。
最初は低姿勢で褒めちぎり、プレゼントなんかもマメにする。
でな三度目にセックスするのさ。
一度目はダメだよ。
もちろん二度目も四度目もダメだ。
三度目なんだよ。
でな、セックスしてしまえば、こっちのもんなんだよ。
分かるか。
そうなりゃもうこっちの言いなりよ」

僕は思った、ホンマかいな。

それと共にどんな奴がこの狭い酒場で、自慢しまくっているのか気になって仕方がない。

そうなると酒の味が分からなくなってくる。

意識がそっちに完全に奪われている。

とうとう我慢ができなくなった僕は、お勘定をして店を出る事にした。

その時に見てやろうと僕は店の大将にお金を払い、ゆっくりと立ち上がりさりげなくそのテーブルの方を見た。

うぁ~、想像を遥かに超えてしまっているくらいの冴えない三十歳後半であろうサラリーマンが、同じくネチョっとした頭のサラリーマンに熱心に語っているではないか。

なんじゃこりゃ。

数ヶ月後、偶々観た映画にほぼ同じようなシーンがあり、あの時と同じ二人が同じ事を話していた。

後日、あの酒場の大将に聞いたところ、彼らは有名な俳優で役作りの為に実際の酒場で練習していたのだと。

家に着いてからネットで検索したら、普段の彼らはイケメンだった。

なんか悔しい。

      ほな!

この短編小説にはまだコメントがありません。
ぜひ一番最初のコメントを残しましょう。