『竜退治の騎士殺しの虫』

 ある村の人々は山の頂上にいる竜を恐れていた。田植えや収穫、村人同士の婚姻の日取りなど、何か出来事があるたびに、竜の機嫌が悪い日ではないことを祈っていた。今ではもうやっていないが、大昔には生贄までしていた程だ、そして今でも村人が山に入ることは禁じられている。そんな村に西からやって来たという一人の騎士が現れた。村人たちは彼に竜のことを説明し、どうか退治してもらえないかと懇願すると、騎士は自信満々に頷いた。
「いいでしょう。ここに来る途中にも、竜を三匹ほど退治してみせました。この村を脅かす竜も必ず倒して見せます」
 そう言いながら、騎士は自分の荷物から、竜の鱗や卵に爪など……次々と退治した竜の話をし、村人たちと騎士はその後、一日中盛り上がっていた。
 その次の日、騎士は山へと出発した。山頂までの道には、竜以下ではあるものの、恐ろしい魔物や怪物が大量に立ち塞がったが、騎士はそれら全てを切り伏せていった。しかし、険しい山道に魔物や怪物との連戦ですっかり日が暮れてしまったため、騎士は山道で野宿をすることにした。
 刃が剥きだしになった剣を寝袋の外に置き、鞘にしまった短刀を手に握りしめて騎士は寝ていた。静かな夜の山、夜行性の獣が騎士を襲ったこともあるが、それらは既に騎士の周りで倒れており、他の夜行性の獣は騎士を襲うことを止めていた。
「フゥーーーーーーン」
 怪しい物音と同時に騎士がすぐさま飛び起きる。しかし、周りに獣の類は一切おらず、どれほど目を凝らしても物音の正体を見つけることが出来なかった。
「フゥーーーーーーン」
 再び、物音だけは聞こえるが、獣の正体は一切見えない。騎士は寝ることを止め、一日中、剣を構えていた。
 結局、朝になっても獣は姿を現さなかった。騎士は幻聴であったのかと不可思議に思いはしたが、再び山頂まで登るために準備を整えようとした。その時、騎士の手の甲には、昨日までは無かった腫れが見つかった。騎士はまだ見ぬ獣を警戒して下山することを決意した。
 村人たちは山を下ってきた騎士を激しく歓迎したが、騎士は苦い顔をしながら自分の手の甲を村人に見せた。
「あの山には竜以上に恐ろしい獣がいる。私に姿を見せないまま、立ち去るように警告していったのだ。仲間を引き連れて再び私はここに戻ってくるから、それまで待っていてほしい」
 村人たちは仲間を連れてくるために去っていった騎士の背中を見送りながら、竜の恐怖から解放される日を待ち望んでいた。

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