『失踪』

ローカル放送で心霊番組を見た僕。これはテレビを通じて知った出来事である。

番組はある大学の物理の教授をゲストとして迎えていた。今回、その教授に科学的な視点から心霊写真を解明してもらおうということが狙いだ。教授は物理学に精通しており、全国放送の似たような番組でさまざまな心霊写真に出会ったが、見事科学的に解明してきた男だった。

この日も難なく解明できると教授は考えていたようだが、それはスタジオにゲストとして来たもう一人の男によって挫かれた。
その男は小さな宗教団体の教祖をしている者だった。

教祖は霊を深く信じたが、教授は科学的に根拠のない霊など信じてはいなかった。テレビ側は番組を盛り上がらせるために正反対の者をゲストとして迎えたのだ。

全国放送でも力を発揮してきた教授は余裕な様子で出された心霊写真の解明を始めた。
だが、それはいつものように上手くはいかなかった。

教授が光の加減がどうのだとか物理的にこうだからと言えば、教祖は穏やかな口調だがはっきりと「それは霊がわざとそう思わせているのです。あなたは霊がこう思って欲しいと願った通りのことを考えていますね。霊に優しいのですね」煽りにも聞こえる言葉を放った。

この言葉は教授へのダメージが大きかった。霊を信じない教授にとって不名誉極まりないことであったからだ。また全国放送で活躍してきた自信もあったのだろう。教授は頭に血が昇った様子で教祖へ言葉を放っていたが、依然として教祖は落ち着いた穏やかな様子で返答していた。教授がヒートアップしてきたころに一度CMが始まった。

CMの後、教授の姿が見当たらなかった。
司会が「困りました。教授がお怒りになり帰ってしまいました。」とあまり困っていないような表情で言った。
教祖は「やれやれ。いろいろな見方ができぬと研究にも差し支えることでしょうに」
と優しい口調だが皮肉めいたことを呟いた。その後、いくらかのコーナーが終わり、やがて番組は終了した。

翌日の朝。学校に行く前に家族で朝のニュースを見ていた。速報で昨日の心霊番組に出演した教授が失踪したことが報じられた。さらに教授の居場所を知っていると名乗り出た男がいることも告げられた。夕方にその男の記者会見、夜には「失踪した教授を追え!」とのタイトルが冠せられた特番まで作られた。

帰宅後、記者会見を見た。教授の居場所を知る男として出てきたのは、昨日の共演者である教祖だった。さっそく記者が質問をぶつけた。
「なぜあなたは教授の居場所を知っているのですか?」
「幽霊に聞いたからです。」と教祖。
どこからか「バカバカしい」との声が聞こえた。
「誰ですか?今、バカバカしいと言ったのは!今すぐ霊に謝ってください!」と大きな声で教祖が言った。
初めに質問した記者から少し離れた位置にいた記者が手を挙げながら言った。
「私ですが。何か問題でもあるのですか?」
教祖は「そのくらいご自分でお考えなさい。私は忠告したまでです。記者である以上、読心術には長けておいでだと考えておりますがお教えしましょうか?」と教祖節とも言える皮肉が炸裂した。

それを受けて記者は「不愉快だ!帰る!」と言ってそのまま退室した。生放送であったため退室する姿も見ることができた。別の記者が教祖に質問をした。

「では、霊はどこに教授がいると言ったのですか?」
この記者は一旦霊に聞いたことを信じるとして話を進めることにしたらしい。

「〇〇町〇〇番地」教祖はすぐに答えた。

「ではどこでそれを聞いたのですか?」

「番組終了後に迎えに来てもらったタクシーです。私は助手席側の後部座席に乗りましたが、霊も隣に乗って来て教えてくれたのです」

また別な記者は「あなたが本当は犯人で霊の仕業に仕立て上げての犯行という可能性はないのですか?」と言ったが「それはどう考えてもあり得ないでしょう。どうすれば私より先に帰った人の居場所が分かり、またどうすれば向かう先も知らぬ人を追跡できるのですか?」それもそうだと納得した記者は「すみません、失礼しました」と謝った。

記者会見が一通り終わり次は特番に変わった。夜と言っても良いほど陽は沈んでいた。
特番ではもちろん教祖を迎え、スタジオは生放送で届けるようになっていた。

番組内のVTRで教祖が記者会見で言った教授のいる場所へ取材班が向かっている様子が映された。おそらく教祖は昨日の段階でマスコミへ教授の居場所を言っていたのだろう。取材班はすぐに〇〇町へ着いた。

取材班が言われた場所に行き、聞き込みを開始するとすぐに教授が見つかった。

「教授!〇〇教授ですよね?」と取材班が声をかけると「ああ。そうだとも。」と教授は返答した。

「なぜここにいるのですか?」
「幽霊に連れてこられたから」
「いやいや。そんなことないでしょう?」
「いや、そうだよ。」
「どうやってですか?」
「昨日の番組を見てる人なら分かると思うが、あるいは今朝のニュースだな。僕は番組の途中で帰ったのだよ。不愉快だったからね。」
「それでどうしたんです?」
「駅まで歩くのがめんどうなので途中でタクシーに乗ったのだよ。
しかし、途中で気づいたが駅に向かってくれないんだ。だから運転手に「駅だ。駅に行ってくれ!」と頼んでも「私幽霊ですので」としか返ってこない。「降りるから止めてくれ」と言っても「私幽霊ですので」だけだ。しだいに道は知らぬとこに行き、気づけばここにいたわけだ。私としたことが幽霊を信じざるを得なくなったわけだよ。ワッハッハ」と教授は高らかに笑った。

「車がありますので家族も心配しているでしょうから。帰りましょう」と記者が言ったが

「それが無理なんだよ。明日になればできるんだけどね」

翌日、教授は無事に帰ってきた。代わりに取材班が帰ってこなくなった。
あの人も失踪した。そう、あのときのあの人も。

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