『負けられない』

「いらっしゃいませ〜」
店に入ると元気な挨拶が返ってきた。
もう腹が減って腹が減って死にそうだ。
俺がカウンター席に着くと左右にはもう先客が二人いた。
「すいません…」
呼び声に反応して店員がやってきた。
「どんぶりの並ひとつ…」
「はーい。かしこまりました〜」
そう言って店員は奥へ消えていく。
ふと右を見ると隣の男がこちらを見ており一瞬目があった。
が、すぐにお互い目を逸らした。
なんだか嫌な客だ。
「…続いてのニュースです。先日から行方不明の少女の○○○ちゃん…」
ラジオも嫌なニュースを伝えている。
「はーいお待たせしました〜」
ラジオの声を遮るように店員の声がした。
どうやら左右の男達の頼んだものが届いたようだ。
両方とも俺と同じどんぶり並だ。
そしてすぐ、
「お待たせいたしました〜」
っと店員が俺にもどんぶり並を持ってきた。
左右を見た。
左右の二人はこちらを見ていた。
俺は箸を割るとどんぶりにがっついた。
隣の男達も同様にどんぶりにがっついている。
暑い空気に体から汗が吹き出してくる。
なんだろう…負けたくない…隣の男たちに負けたくない…そんな感情が生まれた。
俺と同じような身なりのこの二人の男たち。
俺の方が腹が空いているに決まっている。
それだけ辛い思いをしてきたに決まっている。
だからこそ、だからこそ食いきる速さは負けたくない。
右の男がえずいた。
今がチャンスだ。
一気に口の中にかけこんでいく。
左の男は焦ったのか箸を落とした。
どうやら左右の二人も俺に食うスピードで勝ちたいようだ。
もう負けられない…負ける訳にはいかないんだ。
もうあと何口かで食い終わるというとき…
「おい!何やっている!」

「警部、遺体の身元が判明しました。やっぱり行方不明だった○○○ちゃんでした…」
「そうか…」
土手の上の道にパトカーが集まっていた。
橋の下には食いさしのどんぶりが三つある。
小さな机の向かいには段ボールハウスがあり中には調理器具がおいてある。
「ふっ…カウンター席のつもりか…乞食どもめ…」
捕まった男は四人、パトロール中の警察官に発見された。
「それにしても最低な奴らですね…」
「ああ…」
どんぶりが三つあるところよりさらに下の草の生い茂った土手の下には解体途中の少女の遺体がある。
机の前の三つのどんぶりは真ん中だけあと一口程度しか残っていない。
「こういう社会で負け続けた奴らはいつまでも負けて落ち続けるんだ…よく覚えとけよ…」
警部は微かに笑みを浮かべて言った。

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