『心臓で心中』

 あぁ、なんて美しい石なのだろうか!
 僕はその石を地面に叩きつけ粉々にした。
 粉々になった石を、裸足で踏みつける。

 たとえば、何かしらの異物が僕の皮膚を突き破り、体内へと侵入してきたとします。当然僕の身体は異物の存在に対して拒否反応を起こすだろう。新旧、美醜、善悪、価値を問わず、ただその異物が「僕ではない」といっただけで、僕の身体はそれを排除するべきものだと認識してしまうのだろう。僕自身の意思とは関係なしにね。
 しかし一度身体に入ってしまえばこっちのものだ。そういった拒否反応とは裏腹にも、僕の身体に侵入した小さな小さな異物は、血管の流れに乗ってどんどん流されていくのだ。ドクドクと鳴り響く僕の心音をメトロノーム代わりにしてどんどん流されていく異物。
 目的地はもちろん心臓さ。足の裏の皮膚から侵入したそれが、いつの間にか僕の中心部までたどり着いている。なんて素敵な旅路だろうか。さながらそれはちょっとしたドキュメンタリーに値するよ。
 長い長い血管をたどり、ついにそれは僕の心臓に到達する。ドッドッ。今か今かと待ち望んでいた僕の心臓。いつもより数テンポ早い脈に後押しされたそれは、あっという間に心臓まで駆け上ってしまうわけさ。
 心臓を、異物が貫く。血で満たされた僕の心臓は、その瞬間破裂し、僕の生命活動はそこで停止する。同時に異物の旅も終わるのです。僕の血管に復路はない。心臓の中で立ち往生さ。あぁ可哀想。でもそれってまるで心中のようではないかい? 止まってしまった僕の心臓に、身動きもとれず居座らざるをえなくなった異物。大丈夫。たとえ最初こそ居心地が悪かったとしても、じきに慣れるはずだ。そのときようやくそれは僕と一体となり、異物ではなくなる。
 僕はね、死ぬときはいっとう美しいものに殺されたいのですよ。どうせ死んでしまうのならば、自身の認めた綺麗なものに心臓を貫かれて死にたいわけです。

 足の裏が血まみれになる。異物の侵入。僕の心音が早まる。
 あぁ、頑張れ。頑張れ。世界で一番美しい君よ。僕の心臓はここにある。逃げずにここで作動している。さぁ、早く僕を殺しておくれ。

令和2年3月10日

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