『天狗の師匠』

俺の父は狂っている。
兄の名前は「珍」と書いて「たけし」と読む。俺の名前は「ただし」という名前だが、漢字は「珍」である。なんと兄と同じ漢字なのだ。
二人揃って「珍珍(ちんちん)」である。もちろん名付け親は父だ。
役所に名前の提出に行く際に、母に内緒で提出したようだ。もともと「たけし」と「ただし」という名前自体は母親が決めた名前だったが、まさかその名前に当てられた漢字が両方とも「珍」であるとは母親としては相当驚いたに違いない。

父が狂っているエピソードは一個や二個どころではない。しかし、そのエピソードを話し出すと日が暮れてしまうのでここではやめとこうと思う。
今回俺が話したいのはそんな狂った父が俺のピンチを救ってくれた時の話だ。

俺は小さい頃からサッカーをやっており、高校でもサッカー部に所属していた。
ある日、部活後に二人の友達と一緒に夜の八時頃近くの大きなお寺に行くことになった。
俺はそのお寺の裏にはおじいちゃんのお墓があるので、母親に連れられて何度か来たことはあったが、夜に行くのは初めてだった。
そのお墓には時々やばいやつがいるという噂だった。暴走族の輩が時々集まっているという噂もあれば、そうではなく幽霊がいるという噂もあった。さらに天狗が叫びまわっているなんていう訳の分からない噂もあった。
俺らはその真相を確かめるべく、部活後そのお寺に向かった。
お寺の裏にまわると、そこには無数の墓石が並べられていた。近くのものは目を凝らせば見ることができるが、遠くの方は全く見ることができない。それだけその敷地は広大だった。

俺と友達は恐る恐る墓石の合間をくぐり抜けて奥へ奥へと進んでいった。いくら広大な敷地といえども、五分もあるけば敷地の端に着いた。ただ、五分と言ってもその体感時間は一時間ぐらいに感じた。
結局、一番奥まで行っても何もいなかった。暴走族もいなければ幽霊もいなかった。怖がって損したな、なんて言いながら来た道を戻ろうとした時だった。
来た道の方から急にライトで照らされた。そこには、見るからに悪そうな輩が三人ほどいた。
「お前ら、こんなところで何やってんだ?」
そう言ってその悪そうな輩が胸元からナイフを取り出した。俺と友達の心臓の脈打つ音がその広大な敷地に響き渡った。こんなところで死にたくない。怖いもの見たさできたことを後悔した。

と、次の瞬間だった。奇声をあげた人間なのか動物なのか分からない集団が俺らと悪そうな輩の間になだれ込んできた。
「そいやっさ!そいやっさ!」
「はいやっ!!はいやっ!!はいっやっさ!!」
気づくと俺と俺の友達はその集団に抱えられ、そして担がれて墓石の並ぶ敷地の外に連れ出された。俺はその集団に抱えられた瞬間、死を覚悟した。確かにナイフを持ったやばそうな奴らからは逃れることができたが、それよりももっとやばい奴らに捕まってしまったのだ。

敷地の外の少し明るいところに着くと、その集団は俺とその友達を下ろし、俺らを取り囲んだ。灯りの下でその集団の顔を見ると、全員で20人ぐらいいた。そして彼らは皆天狗のお面をつけていた。
「おい、お前ら、あんな暗いところで何やってたんだ?」
その集団のリーダー的存在の奴が、俺らに話しかけてきた。
「ご、ごめんなさい」
友達が隣で泣き出した。さすがに俺も泣きそうになったが、そのリーダーらしき人物の声には聞き覚えがあった。
「お父さん?」
「ん?あ?」
そう言ってそのリーダーっぽい男は天狗のお面の上から眼鏡をかけた。
「たけしか! お前何やってんだ! こんな時間にこんな危ない場所に来るんじゃない!」
そう言って父は真面目なトーンで怒鳴った。こんな真面目に怒る父の姿を見るのは初めてだった。
「師匠、師匠のお子さんですか?」
父の隣にいた天狗が父に話しかけた。やはり父は狂っている。こんな奇妙な天狗軍団の師匠なのだ。
「ああ、俺のせがれだよ。今日の活動は中止だ!また来週の同じ時間同じ場所に集合な!」
そう天狗の師匠が叫ぶと、その天狗の集団は散り散りになった。

これが、俺のピンチを父が助けてくれた話だ。
なぜ、父があんな時間にあんな場所で、あんな馬鹿なことをしていたのかは分からない。父に聞いても答えてくれなかった。でも、父が俺のピンチを救ってくれたのは確かだ。
たとえその姿が天狗のお面を被った姿であっても、たとえ「はいやっ!はいやっ!」と訳の分からないことを叫びながらであっても、助けてくれたことには変わりない。

とにかく、何が言いたいかっていうと、俺の父は狂っている。

ちょっとホッコリですね。またお父さんの話聞かせてください(笑)。