『金魚ママ』

 テラの父親は発明家だ。いつも実験室にこもって何かしている。テラの母親はいないから、テラはいつもひとりで遊んでいる。つまらない。ある日、ようやく実験室から出てきた父親をつかまえた。
「ぼく、ママがほしい」
「おやすいご用だ。何にする?犬のママか。ネコか。ネズミがいいか」
「別に、人間のママでいいよ」
「人間のママなんてつまらん。よし、待ってろ」
 父親はまた実験室にこもると、しばらくして出てきた。
「ほら、金魚のママだ。何でも言って、してもらえ」
 水槽のなかで、赤いヒラヒラした金魚が泳いでいた。
「よろしくね。何をしてほしいの」
「えーとね。一緒にご飯食べたり、寂しいときに頭なでてくれたり、ときどき、大好きって言ってくれるの、いいな」
「じゃあ、ご飯食べましょ。つくってよ」
「え、ぼくがつくるの」
「そりゃそうよ。わたしは水のなかにいるから、つくれないでしょ。卵焼きがいいわ」
 テラは卵を焼いて、水槽に、卵焼きを一口、おとしてやった。
 金魚は大きな口をモグモグさせると
「うーん。一緒に食べるとおいしいわね」
「ま、まあね」
「次は、頭なでてほしいんでしょ」
「今は別に、寂しくないよ」
「いいから、いいから。頭、前に出して」
 金魚は水からジャンプすると、ヒラヒラした尾びれで、テラの顔をぴちゃっとたたいた。
「つめたいよー」
「次、言ってほしいんでしょ」
「いいよー。なんか違う。そういうんじゃない」
「ま、照れちゃって。かわいい」
 そのとき。
 突然、金魚の背中がぼこっとふくらんだ。大きな翼が2枚、背中から出てきた。
 金魚は翼をばさばさとゆらすと、水から飛び出した。
「わたし、とり金魚になったみたい。じゃ、バイバーイ」
 窓から出ていく前に、金魚はちょっと振り返ると
「大好きだったよ。またね」
 テラはあっけにとられて、飛んでいった金魚の姿を見送った。
「また、失敗か。ただの金魚じゃつまらんから、とり金魚にしたんだが。独立心が旺盛すぎた」
 振り向くと、父親が後ろに立っていた。
「また、ママをつくってやる」
「もういいよ」
 テラは、もう金魚の見えなくなった空を眺めた。
「大好き、だってさ」
 金魚の声が、まだ、頭のなかに響いていた。

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