『自殺少女と自殺少年』

 私が子どものころはどんなだったろうか。

 小学校の先生に想像力の豊かな子ですね、と言われたのを思い出した。あの当時は、なるほど自分は、そうぞうりょくがゆたかなのかー、と訳の分からないまま納得していたけれど、よくよく考えてみると、先生なりに無理矢理引っ張り出した特徴だったのかもしれない。なにせ、今、思い出してみても褒められた子どもではなかった。他人とすぐもめるし、そのくせ謝らないし、突っぱねているようで内心いつも自信がなくてびくびくしていた。
 ろくな子どもじゃなかった。だから、こんなことになってしまったのだろうか。

 17という青春真っ盛りの年代にして、私はそんなことを考えていた。

「何、うんうんうなってんの?」

「子どものころ思い出してんの」

「また、なんで」

「さあ、現実逃避?」

 なんだそりゃ、とぼやいて私の足先のほうで寝転がっている少年は息を吐き出した。

「パンツ見えてんぞ」

 少し、間を開けて少年のやさぐれた声が返ってきた。

「知るか、勝手に見てろばかやろー」

 私もやさぐれて、無駄にヤンキー口調になってみるけれど、棒読み感がすごい。ただ、開いた足はわざわざ隠す気にもならなかった。今はなんかもう、どうでもいい。

「・・・生きてんね」

 また、少しの沈黙の後、声がする。

「生きてんね、馬鹿みたいに」

 死ねもしないのにリストカットだけして、注目を浴びたがる奴は馬鹿だと思っていた。本当に、死ぬ気もないのにいきがってんじゃねーよと。今や、私がその馬鹿に仲間入りなわけだ、死ねもしないのに死のうとした。

「何してたんだっけ、私ら」

「しようとしたんだろ、自殺」

 わかりきったことを口に出して確認する。

「睡眠剤いっぱい買いこんで」

「アルコール準備して」

「お互い、遺書まで書いて」

「誰にも見つからないとこにきて」

「失敗した」

 数週間後の私が知ることになる事実だけれど、市販の睡眠導入剤は多少過剰に摂取したところで死ねないらしい。そんな代物を私たちは、薬局に緊張しながら集めに行ってきたわけである。あほらし。

「で、なぐりあった」

「いや、なんで?」

「知らんよ、そんなこと言われても。」

 曖昧で熱に浮かされたような記憶をたどって思い出す。私はこの少年と自殺サイトを通じて知り合い、計画を立てて準備もして、睡眠剤を飲んだ。睡眠剤を飲んでしばらくして、私はアルコールもあいまって自分の頭の中が異様に熱を帯びているのを感じていた。うずくまって、吐き気と戦って。そうしていると、なんだか怒りがわいてきた。何に対してなのかはよくわからないけれど、ただ純然と怒りだけがわいてきた。だから、そばにいた少年を殴った。何発も何発も容赦もなく殴った。そうすると、少年も殴り返してきた。みぞおちに思いっきり入って、しばらく呼吸ができなかった。小学校のころにいじめっ子にやられて以来すっかり忘れていた物理的な危機というものを思い出させてくれた。そのあとは、もう無茶苦茶だった。お互い、意味もなく喚いて叫んで、たくさん泣いて、たまに思い出したように殴って蹴った。どちらかの体力が切れて、それを引き金にしたみたいに、もう片方も倒れこんだ。それからしばらくぼーっとして、今、こうやって喋っている。

「あんたさあ、普通女子の顔殴る?」

「何の加減もなく金的かましてきた奴に言われたくない」

「一生もんよこれ」

「まじで?」

「鏡見てないから知らんけど」

「・・・さよか」

 ため息がまた向こうでつかれた。何よそれ、ずるい私もつきたい。と思ったけれど、存外出てこなかった。意図的にため息をつくのはむずかしいというよく分からない発見があった。

「死ねなかったな」

「そうね」

「なんでだろうな」

「方法が、まちがってたんじゃない」

「・・・また、やり直すか?」

「・・・・・・ううん、今日はもういいかな。あんたは?」

「・・・俺も」

 今日は、もうただ疲れていた。

「立てるか?」

 いでで、と呻きながら少年は立ち上がった。若干、股間をかばっているのが面白い。私はその声に応えようとして「あれ?」全身に力が入らなかった。手足が若干、痙攣してさえいた。一瞬、睡眠剤の効能かもと思ったけれど、シンプルに手足が痛かったから、筋肉痛だとすぐにわかった。

「大丈夫かよ」

 少年はそう言って、少しためらった様子を見せてから私に手を差し出した。私はどうにかそれを掴むとうぎぎと呻きながら起き上がった。

「あは、すごい。足ぷるっぷる震えてる」

 いかにも満身創痍って感じだ。自分のことなのに、なんだか面白かった。

「帰れんの、こんなんで」

 少年は何気なく、そう呟いた。

「・・・・・あー、やっぱそうよね。帰んないと、いけないよね」

 現実的な想像をするだけで、ひどく気が滅入った。それを考えなくてもいいように、自殺を考えたってのに。

「ねえ、このままホテルでも行かない?」

「・・・やめとこう。そんな気分じゃないし」

「・・・まあ、そだよね」

 結構、勇気を振り絞って言ったんだけどなあ。

「送ってくよ、歩けるか?」

「うん」

 私はうなずいた。

「遺書は、・・・どうする?」

「・・・おいとこう?今は、あんまり考えたくないし」

 ん、と軽く首肯して、少年は私に肩を貸しながら歩きだした。

 外に出ると、すっかり真っ暗だった。

「ねえ、今更だけれど、なんで死のうと思ったの?」

「・・・・いろいろと、生きにくかったんだ。ただ喋ってるだけで辛くて、人の中にいるだけでしんどかった。うまく話せなくて、ここにいる意味があるのかもわからなくて、かといってできることもとくになくて。そんな自分が嫌になって死のうとした。・・・なんでそんなこと聞くんだ?」

「なんとなく。・・・・ねえ、まだ、死にたい?」 

「わからない、でも今は、いいかな」

「あは、私も」

 肩を抱えられながら、歩く。帰り着く家はまだまだ遠い。

「なあ」

 少年は少しためらったように見えた。

「今度、どこか行かないか?」

 私は少し、驚いたけれど、不思議と笑みがこぼれてきた。

「うん」

 なんでだろう、ついさっきまで死にたくて死にたくて仕方なかったのに。先のことを思うだけで辛くて辛くて仕方がなかったのに。泣きたかったのに。

 そんなことを考えていたら、涙があふれてきた。結局、泣いてんじゃん、と自嘲しながら歩いた。

 泣いて、歩いた。よく見ると、隣の少年も泣いていた。

 迷子になった、二人の小さな子どもみたいだった。

 本当に小さい頃はよくこうやって泣いていたのを今になってようやく、思い出した。

 ああ、私たちは死にたくなんてなかったんだ。

 そうやって泣きながら、家まで歩いて帰った。

 家に帰ってきた、私たちを見て家族がひどく驚くのはまた別の話。

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