『私だけの彼氏』

私には彼氏がいる。
優しくて、かっこよくて、一人で何でもこなしてしまう、そんな完璧な彼氏だ。
グズでのろまで不器用な私なんかに何故こんな彼氏がいるのかといつも不思議に思う。
私が失敗したり、嫌な事があって泣き出してしまいそうな時、彼は
「好きだよ。」
と言って頭を撫で、手を握り、抱きしめてくれた。こんな私を愛してくれた。
私はそんな彼が誰よりも何よりも大好きだ。彼のためなら何でもできると思った。
しかし、完璧な彼は私に心配をかけまいと何でも一人で抱え込む。
その優しさが嬉しくもあり、悲しくもあった。
もっと私を頼って欲しい、必要として欲しい。そう考えていたある日、不運な事が起きた。いや、私にとっては幸運なことだったかもしれない。
彼が事故に遭ったのだ。
それによってすらりと長くて綺麗だった右腕の肘から下と右足の太ももから下は彼の体から永遠に失われた。
その日から彼の生活水準は著しく低下し、私の介護なしでは生きていけなくなってしまった。
彼は両親をはやくに亡くしている。兄弟もいない。
つまるところ、彼女である私を頼らざるを得ないのだ。
彼は弱い人間になったと思う。
私が彼の身の回りの世話をしているといつも「ごめんね…僕のせいで君を縛ってしまって…僕のことなんていつでも…」
彼は弱音を吐き始める。それ以上先の言葉を発する前に私は彼に
「好きだよ。」
と言って、彼の頭を撫で、手を握り、抱きしめた。そんな彼をこれまで以上に愛した。
現存する左腕と失ってしまった右腕を精一杯に伸ばし私を求める姿はさながら母を探す赤ん坊のようでたまらなく可愛いくて、可愛いくて、好きで、好きで、大好きで、とても愛しい。
もっと貴方の弱い部分を見せてほしい、もっとずっと私を縛ってほしい。 
密かにそう願った。
それから3年の時が経ち、私と彼は桜並木を歩いている。彼はリハビリを毎日必死で頑張り、義足をはめて歩けるようになるまで回復した。
私は彼の左側を歩き、手を繋いでいる。
大きな幸福感に包まれている。これ以上の幸せはないはずだ。
しかし、なんだろうこの違和感は…。
なぜだか物足りない。
きっと今私の中には三人の「私」がいるのだ。
彼とまたこうして歩ける事ができて嬉しいという私。
彼に縛られる生活が終わり悲しいという私。
そして、彼の左腕と左足がなくなれば完全に自分のものになるというのに…という私だ。

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