『異世界行ってきた』

 歩きながらスマートフォンを操作していた時、気がついたら横断歩道の上を歩いていた。そこまで交通量の多い道路じゃない、信号機もなければ、車すらほとんど通らないのだ。そうやって油断しながら歩いていたせいだろう。俺はギリギリまで交差点を走る車に気づくことはなかった。ようやく気づいた時には運転手の居眠りしている顔が見れる程近づいていた時だった。
 目を覚ますとそこには見知らぬ天井。それでも病院とは少し違うような印象だった。
「ようやく起きましたね。貴方に頼み事があるために連れてきました」
 俺に話かけているであろう輝いた球体。不思議に思っていると、俺の目の前に一枚の紙が現れた。それは新聞の切れ端であり、記事を読んでみると一人の青年が事故現場で行方不明になったという記事だ。場所からして行方不明になった人物は俺のことだろう。
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生しています。それを解決してもらうために攫っても問題の無さそうな人を選びました。今から移動させますので、解決してきてください」
 不平不満、言いたいことがたくさんあったが、言う前に身体の端から消えていく。「ふざけるな」の一言を言おうとした所でちょうど全身が消えてしまった。
 一つ目の世界は、クーデターで国の国王が殺され、姫が監禁されているらしい。元の王権を取り戻すことが役目だった俺は、多大なる苦労の末にレジスタンスグループに入ることができた。囚われた姫を取り戻すための潜入作戦、陽動ではなく潜入するメンバーとして俺が選ばれた。陽動によって多少出払っているとはいえ、多くの看守から隠れて行動している内に何度も見つかりそうになった。ようやく姫を見つけ、声を掛けると
「帰ってください。私、助けられるならイケメンにと決めているので」
 どれほど説得しても姫は言うことを聞かない。やがて、看守が撃った一発の銃弾により、俺の意識は遠のいた。
 目を覚ますとそこには見覚えのある天井。
「ようやく起きましたね。貴方に頼み事があるために連れてきました」
 先程までいた世界がどうなったのか気になっていると
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生しています。それを解決してもらうために攫っても問題の無さそうな人を選びました。今から移動させますので、解決してきてください」
 そのまま、あっという間にどこかへ飛ばされてしまった。
 次の世界ではギャングとして活動することを求められたが、裏切りにあって死んでしまった。
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生しています。それを解決してもらうために攫っても問題の無さそうな人を選びました。今から移動させますので、解決してきてください」
 その次の世界では、まだ農耕すら行われていない原始的な世界。俺はなにか作物はないかと山をさまよっている最中に、熊のような生物に襲われてしまった。
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生しています。それを解決してもらうために攫っても問題の無さそうな人を選びました。今から移動させますので……」
 更に次の世界では、既に生身の身体では生きていくことすら厳しい程環境破壊が進んでいた。そんな世界に生身で転生したのだから、生命に出会うことなく死んでしまった。
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生しています。それを解決してもらうために攫っても問題の無さそうな人を選びました……」
 また次の世界では、人の代わりに足の生えたクマノミのような生物が生活しており、俺は珍獣として、一生を檻の中で暮らした。
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生しています。それを解決してもらうために……」
 次の世界でもギャングとして生きることを迫れたが、裏切りに注意していたこともあって死なずには済んだ。ただ、警察組織の捜査によって、崩壊。初めて死なずに転生できた。
「貴方の知らない世界では様々な問題が発生していま……」
「貴方の知らない世界で……」
「貴方の知ら……」
「貴……」
 次に来た世界は「チキュウ」と呼ばれるコンピューターの身体で人々が暮らす世界だった。
「いつになったら帰れるんだ?」
 パソコンモニターの顔に本体が身体、キーボードの腕にエンターキーだけで構成された手。マウスに乗って移動する人々を見ながら青年は呟いた。

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