『整形』

-----私は生まれ変わった。

美容整形外科クリニックの扉を開き、外に出る。
この瞬間がたまらない。また新しい自分に変身できた。私は整形が大好きだ。趣味ともいえる。
その時々の流行、自分の嗜好に合わせて顔を変える事ができるなんて、いい時代に生まれたものだ。

初めて整形したのは大学1回生。子どもの頃からずっとコンプレックスだった、ぼてっとした重たい瞼。ただ黒板を眺めているだけで「目つきが悪い」「感じ悪い」と、イチャモンをつけられて陰口の対象にされた。
この瞼と一生付き合っていくしかないと悟っていた時に、出会ったのがアンナ。彼女は大学で初めてできた友達。外見も可愛くて社交的な彼女はみんなから慕われていた。アンナと並んで歩く自分は不細工で恥ずかしかった。アンナの容姿に嫉妬めいた感情を抱いた事も少なからずある。私の中には真っ黒などろどろとした感情が這い出ようとしていた。
その時アンナが秘密を打ち明けてくれた。
「実は、私ね整形してるんだ。ほんとはすっごく不細工だったの。それが原因でイジメられた事もあって前の顔がすごく嫌だった。鏡見れなかったもん。だからお金貯めて整形したんだ。」
言葉を選びながら話すアンナの姿に涙が出そうになった。アンナも悩んでいたのだ。それなのに、私はアンナの事をなんの不自由なく美しさを手に入れて妬ましいとまで感じていた。私は見た目だけでなく中身まで不細工だと自分を恥じた。
「すごく悩んだんだけど、リナには話そうと思って。」と照れながらアンナは言う。
話してくれた事が素直にうれしかった。ここで私は気づく。整形すれば、私もアンナみたいに可愛くなれるのではないか。ううん。アンナ以上に可愛く美人になれるはずだ。「あのさ、、私も興味あるんだよね。その、整形っていうやつ。私瞼がちょっと嫌なんだ。」私の言葉にアンナは目を見開き驚いた表情を見せたが、すぐ笑顔になった。
「ほんと!?リナも整形したいんだ!私の事暴露して嫌われたらどうしようと心配してたんだけど、よかった。。私が行ってるクリニック紹介しようか?良心的だし先生も優しいし、行ってみる?」
それが私と美容整形の出会い。アンナには今でも感謝している。
この時、すぐにクリニックを予約して二重瞼にする手術を行った。バイト代で充分に支払える金額だったと思う。なにより、長年苦しんできた重たい瞼はもういない。鏡に映る自分の顔を何度も見た。そこには、くっきりとした二重瞼に大きな瞳をもつ女がいた。
私の自己肯定感はとても高まった。私はかわいい。
私の目はパッチリしていて綺麗だ。暇があれば鏡を見た。その日も自宅でテレビを流し見ながら鏡に映る自分を見ていた。すると、ある事に気づく。
「私の鼻ってすごく団子鼻。」今まで瞼にばかり気を取られていたが、次は鼻の形がとても気になりだした。私の鼻は丸くて低くてカッコ悪い。
それに「私の顎、すごく出てる。しゃくれ顎なのに気づかなかった。」ショックだった。
瞼を直しただけでは、全く足りない。アンナのような美しさには程遠い。
すると、テレビから聞こえてきたアイスクリームのCM。流行りのモデルが海で新製品のアイスを食べている。「この子とっても可愛い。」くりっとした瞳に鼻は高くシュッとしていて、何より小顔。笑顔がとても愛くるしい。そうだ。この顔にしたらいいんだ。確か先月買ったファッション雑誌にこの子が載っていた。雑誌から彼女のショットをたくさん切り抜いて、すぐクリニックに予約を入れた。私はモデルそっくりの顔を手に入れた。モデルと同じ顔にしてから容姿には自信がついた。
それからの大学生活はとても楽しかった。就職も大手企業の内定を取った。
「顔採用」などと悪口も聞こえてきたが、何の気にもならなかった。むしろ妬まれている事に優越感すら感じていた。
彼氏もできた。ジャニーズ顔の長身で、レディファースト。仕事がよくできて上司からの信頼も厚い。
私は彼に夢中だった。もう整形はしないでおこう、そう誓った。だが、その誓いはすぐに破られる。
彼氏が「この女優かわいいよね。」と言えば、その女優の顔にした。整形手術をするとしばらく誰とも会えない。手術の傷が引くまで時間がかかる。有給休暇を全部使って家に引きこもった。彼氏からデートの誘いがあっても体調不良を理由にして断りつづけた。
私の顔の状態も落ち着いたので、「長い間ごめんね!今週末デートしよう」と誘った。
彼から返事は来なかった。何度も何度も連絡した。
電話も出ない。メッセージは返ってこない。
それからどれだけの時が経っただろう。
一通のメッセージが届いた。彼からだった
「ごめん。別れてほしい。俺、好きな人できたから。じゃあ。」
あっけない。
こんな簡単に恋は終わる。
彼はもう私を愛していない。
SNSを開いた。あった。彼のアカウント。
私と一緒に行ったディズニーランドの写真は全部削除されていた。一枚の写真に釘付けになった。夜景が綺麗なオシャレなレストラン。こげ茶色のロングヘアーをした、お人形のような女の子が写っている。ワインのせいだろうか、色白で頬がほんのり桜色。少し照れたような表情でこちらを見ている。
「この女」
ああ。また真っ黒などろどろしたものが流れ出る。溢れ出てくる。
私は無意識にクリニックに電話をかけていた。
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----そう。私は生まれ変わったのだ。
彼に聞いてみなくちゃいけない。
どう?私、あなたの好きな人にそっくりでしょ?

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