『埼玉県境踏破記録 ~8 奥多摩の一番静かなところへ~ 』

GWも県境歩きの計画をして、東京との県境をのんびり1泊2日の行程とした。いつも通り、日出時刻に登山口を出発できるように、スマホアプリでその地点の日出を時刻を検索して、Googleマップで距離を求めて、一般道なら時速40キロで割って、家を出る時刻とその15分前の起床時刻を計算する。
家を出て所沢市街を抜けて、青梅市街を抜けて、奥多摩駅まで行き、日原街道に入って集落手前の町営駐車場に到着し、景色を見ながらおにぎりを食べ、装備を整えて、料金を投函して出発、日原に来た時はそんなルーティーンである。
『今日も天気が良いなぁ』照は朝日を浴びながら日原集落を歩き、交番前で入山届を記載提出した。2018年くらいからネットでも登山届を提出できるようになったが、この時はまだ紙ベースで、登山口のポストに入れるか、車のダッシュボードに置いてきていた。
まずは林道を9キロ程歩かなくてはならない。タラタラ歩くと精神的に疲れるから、両手に登山用ストックを持ち、リズム良く歩くのが照なりのポイントだ。中間地点付近で後方からミニバイクの音がした二人組の釣り人であった、一人は折り畳み自転車、登山者でも無いのに珍しく挨拶してくれた。
歩き始めて2時間半、巨木の案内板をいくつか見ながら、林道の終点である登山口に着いた、先程の釣り人が身支度をしている。『速いなぁ』声を掛けられた。『そうですか?今日は酉谷小屋まで行きますよ』登山者は入山口とか目的地とかルートを情報交換する、危険な場所があれば教える、あともう少し頑張れとか、この先もう1つキツイ登りがあるよとか。釣り人は『そんな所まで行くのか、お気を付けて』と見送ってくれた。
沢に向かって下り、飛び石で徒渉して、中尾根を登り返す。ここは十年前までしっかりとした登山道であったが、山の崩落で通行止めになったままである。谷を歩くその登山道の変わりに道の無い尾根道、所謂バリエーションルートを今回のルートとしている。分岐点ある木製の道標(方向案内板)は、杭だけ残ってズタズタに砕かれていた。『あぁ、やっぱり熊が居るのね』照は心の中で思った。熊は防腐剤の臭いが嫌い、自分の縄張りを汚していると認識するようで、怒って噛みついたり、壊したりするが、ここみたいに粉砕されているのは初めて見た。バリエーションルートはマーキングに頼らずに、方向感覚を研ぎ澄ませ、現在地点も周りの風景と地形からイメージしながら歩く必要がある。標高差900mの登り基調のルートなので上を目指せばいい、簡単な道であるが、下りに使うには迷い尾根が多く難しいだろう。熊の痕跡(爪を研いだ痕、フン、鳴き声)はなく、約3時間で雲取山登山で通過する芋ノ木ドッケに到着、ここから県境を北東に方向転換する。
極端な登りはもう無いのでイージーモードで樹林帯を歩き出すが、ここは奥多摩の秘境、入山者が少ない領域であり、幅の広い稜線では踏み痕が分からず方向感覚を見失いそうになった。いくつかピークを越えたり、巻いたりして、ひたすら歩く、このペースなら小屋に13時には着くかな、余裕の軽い足取りで静かな樹林帯を行く。突如として目の前が開けた、ヘリポートである、何のための?と聞かれると良く分からないけど。そして、その次のピークは滝谷ノ峰を山頂を踏まずに巻く。この山は別の山行の時にピークを踏んだ、その時も一人で天気が午後から崩れるからと、超高速登山をしてあと僅かで山頂という所で、『ズサッ』と目の前の足元でで何かが飛んだ。『うあーーーーーー』殺人者に襲われて叫ぶような声を100%の大きさで出してしまった。大きなカエルに驚いて。照はカエルとナメクジとヒルが大嫌いであった。その時は周りに誰も居ないよねって必死に見渡したものだ。
酉谷小屋のある酉谷山は東京の最北端にあり、静かな山が好きな人が良く来る。その山頂直下の南斜面にテラス付きの立派なログハウスが建っている。細いことが多いらしいが水場もトイレもあって別荘気分を味わえる。照は13時に一番乗りで到着し、昼食を済ませてテラスでのんびり過ごしていた。3時過ぎから単独、二人組と到着し、定員5人の小屋は寝床がいっぱいになって、今夜はこのメンバーかと思ったら、日没前に約8人の年配ハイカーが到着し、『寝る場所がない!』と騒ぎ始めた。照だけでなく、既に小屋にいた他のメンバーも同様だったに違いない。テントもツエルトも持っていなくて、定員5人の山小屋に来るとは、どんな◯◯だ。ツエルトならテラスで寝れるかなと自分だけでは人数は足りない。土間にあった緊急用備品を屋外に出して、そこにブルーシートを広げて寝て貰ったが今度は酒盛りを始めて、消灯を過ぎても騒がしく本当に迷惑な団体だった。
翌朝4時に起きてテラスで朝日を浴びながら食事して、5時に一番で出発した、まずは酉谷山の山頂を踏んで、東にあるミツドッケへ進んだ。その途中、ハナド岩という展望台があったので寄り道、山と木しか見えないが雲取山と奥多摩駅を結ぶ石尾根全景を確認できたのが良かった。
ミツドッケの山頂は何処かの◯◯が展望を良くしたいからと無断で伐採して逮捕されたようだが、ハナド岩の方が断然良くてやっぱり◯◯だなと思ったのであった。下山路はこのピークから日原集落へ降りることになるが、県境を繋ぐためには更に東へ一時間弱進めて仙元峠まで行く必要がある。ほぼ水平の山道を早歩きで歩く、他の登山客も追い抜いて、仙元峠に到着し万歳!さて帰りましょってことで歩き始めると、先程追い抜かした人が首を傾げている。忘れ物か道迷いかと疑われそうなので、『仙元峠まで寄り道しただけです』と言い訳を残しておいた。
一杯水避難小屋は、酉谷小屋に比べて4倍くらいの広さであったが、前夜は満員御礼だったとか。トイレが酷い汚れで泊まらなくて良かったと思った。
杉林をつづら折りに下って、『あともうすぐに下山完了だ』なんて考えてしまったから、長い距離を歩いてきたのに、一番この区間が長く感じた。集落が見えてきて無事下山完了、奥多摩の帰りは丁度良い日帰り温泉が無くて残念である。有名なもえぎの湯は芋洗い必須だし、何処かの良いところがあれば教えてほしい。
まずは、小沢峠から三宝山まで繋げることができた。
【歩行距離38km、行動時間14h、県境18km】

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