『埼玉県境踏破記録 ~13 珍しく3人で県境歩き~ 』

県境歩きに行こうよと山友を誘っても誰も『いいね』って乗ってくれる人は基本居なく、照はほとんど単独で入山していた。二子山の南側を一緒に歩いた虎男が唯一だった。ヤマコレに虎男とここに行ったよとレポートを書いたら、アニキがそこなら歩いてみたかったと言っていた。アニキは照の実兄ではなく、実兄と同姓同名の山友であり、この山域、西上州を特に好んでいた。
県境のある倉門山と宗四郎山は渋すぎてあまり歩く人がいないのか、登山記録は少なかった。山友に『次はここ行くよー』と伝えると、虎男とアニキが同行希望をくれた、とても頼もしかった。理由はやはり『何かあった時に1人では危険』ということである。
登山口に向かう途中、飯能の国道の真ん中を♂の鹿が悠々と歩いていたり、イタチやタヌキが牽かれていたり、動物も春を待ちきれなくなっているようだった。登山口まで行ってしまうと携帯電話の電波が届かないとマズイので、国道沿いから電話をするとすぐ近くにいるとのことで、三台連なって下山口を目指した。途中の温泉宿の駐車場にある『電話の無い電話ボックス』で入山届けのノートを記帳しておいた。ここに記帳せずに遭難騒ぎを起こすとここの主人にシバカれるらしい。
下山口に車を一台デポして、入山口にまた車で移動し、装備の準備をして、いざ出発。背後で新しいジムニーが山奥へ走っていったのを三人とも眺めていた。
まずはきれいな沢沿いを登って行く、滝もあったり気持ちの良い登山道だ。三人で歩くと会話が弾み時間の経過も早いもので、1つ目のピーク大山に到着。季節は10月下旬、紅葉の始まっている木々もあり、なかなかの美しさであった。ここでチョットだけ単独行動の時間を貰い、西の分岐までピストンをしようと考えた。踏破の区間をその分岐まで広げるためである、西へと歩いていたつもりだが、北の分岐に入ってしまい、気付いた時には天丸山という県境から少し北側に離れた山にいた。『まぁいいか、ここにも来たかったし。待たせているから、分岐まで行くのは諦めて、虎男とアニキの所に戻ろう』
虎男とアニキは写真撮影や同定(見える山を何山か確認する作業)をしていたようで『おかえりー、馬道のコルまで行けた?』と聞いてきた。恥ずかしがりながら照は『道間違えて天丸に登ってきた』と伝えた。
そこから東に進む、岩が多く、アップダウンを繰り返す。すると細い岩の道の先に高さ5mほどの岩壁にぶつかった。左には獣道のようなものが見えるが人間が通れる場所ではなく、右は絶壁となっていた。何処を通るのだろう、手詰まり感が照にはあったが、虎男は正面突破を試みた。『あってたよ』虎男が声をかけてきた。それに続いて照とアニキが登った、1人で来ていたら退却していただろう。登りもあれば下りがあるわけで、今度は段差の大きい下りだった。アニキが降りようとしたが、足が短く『あれ?足の置場所は何処?』と聞くと、虎男は笑っていた。岩々した道が終わると、大量の落ち葉で足元が悪い急降下の道になった。虎男とアニキはテンション高めに走って下って行く、照は慎重に降りていった、『あの変態たちは異常だ』と思いながら。一番低いところは峠道になっていて、下はトンネルが通っているため、トンネル横から登れるルートもある。ここから登り返し、宗四郎山は山角錐の形をした特徴的な山である。結構急な登り坂で苦労していると、向かいから登山者が来た。『こんにちは』と挨拶すると『おー、やっと来たか』と返された。『えっ?』と顔を良く見ると、三人の共通の山友で最年長のお爺さんだった。『君らがここを通過すると思って、ずっと待っていたんだが、なかなか来ないから既に通りすぎたのかと思って帰ろうとしていたんだよ』虎男が『ジムニーに乗っていた?』と聞くと、『そう、買っちゃった』と照れながらお爺さんが答えた。入山直前に見たジムニーはお爺さんだったのである。
ちょうどお昼時間だったので一緒に食事とした。来た道を見れば、なかなかのゴツゴツした稜線であり、その奥を見れば最後の未踏区間10kmを三国峠までなぞれた。東を見ればゴジラの背のような両神山が見え、360°の展望は最高だった。
ここでお爺さんとはお別れし、先に進んだ。もう難所はなく、ただ距離を稼ぐだけだった。赤岩尾根を歩くときに予定していた大ナゲシに登りたい気持ちは少しだけあったが、二人が何度も行っているから『パス!』と言うので寄らずに赤岩峠に到着した。ここから沢沿いを一気に下って行くが、照は疲れもあって、展望の良い雨量観測器はパスして、先に進まして貰った。綺麗な沢なのでとても気持ち良い、マイナスイオンで満たされている感じだった。無事に下山して、車を回収しに戻って国道にある日帰り温泉に浸かって解散となった。帰宅してから登山用多機能腕時計が無いことに気付く、もしやと思い、日帰り温泉に電話すると、ロッカーにありましたと連絡があった。郵便で届けてくれました。いつか御礼にまた入りに行こうと思っていたのに、まだ実行できていない。
【歩行距離12km、行動時間7.5h、県境8.5km】

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