『埼玉県境踏破記録 ~17 取り溢しが気になって~』

三国峠から馬道のコルを踏破できでミッションコンプリート!と照は本当ならば大喜びしたかったわけだ。しかし1日目は終始トランス状態であったために、あまり記憶に残っていないのが原因か、それとも自分自身でハードルを上げ過ぎて、呆気なくクリアしてしまったのが原因か不明であるが、照には達成感が得られていなかった。まるで夢心地というか、本当に自分が歩いたという実感さえもなかった。
登山を終えてそのまま、家族が遊びに行っていた妻の友人宅に泊まりに行って、翌日は筋肉痛で身体が全く使い物にならなかった。それだけ無理をした証である。だが、この満たされない気持ちは何だろうか。後藤氏は自転車であるが平地も含めて県境を完全踏破しているのは凄いがそれは関係ないと思った。
山間部の県境から勝手に除外した安楽寺~小沢峠を歩いてみるかな。天候や気持ちで何度か自宅敗退をしたが、やっと行ける日がきた。
アクセスがバスしかないので、飯能駅前の駐車場に車を預けて、往路も復路もバスを使うことにした。朝、飯能駅に剥けて車を走らせていると到着予定時刻とバスの時刻に5分も余裕がなく、急いで駐車場に車を入れて、荷物を担いで、靴を履いてとやっていたら、時間がもう数分しかなくなった。『朝食を買っていないじゃん』と言う気持ちとバスに乗りたい気持ちが揺れ動く。一応グラノーラとエナジーゼリーは持ってきているので、駅前ロータリーではなく、反対側のバス通りに回り込む作戦とした。
バス停手前でバスが後ろから迫ってきた。早朝のせいか乗客は疎らかつ登山客はいない、運転手も何か照の登山装備を見て止まるかどうか躊躇っているように感じた。そして照は違和感を覚えた。バスは照の知っているバス通りを途中で反れて工業地帯に入って行った。乗客が次々に降りて1人になった。『これ何か違う』そう嫌な感じがして『運転手さん、このバスさわらびの湯に行きますか?』と聞いてみたが、答えはNOだった。『バスを間違えた!』照は乗り継ぎ情報を聞き、慌ててバスを降りた。
次のバスまでかなり時間がある、ここは何処?検索すると、下山口方面に向かった所だったので、逆ルートで歩くことにした。
店も民家もない道を行くと青梅の集落に出て、安楽寺を目指して歩く。東京都の道路標識があって、先ほど乗っていたバスが終点で折り返して返ってきた。『ずっと乗っていれば良かったなぁ』まさに時既に遅しであった。コンビニもあったが、食料調達は要らないと素通りしようとしたら、覆面パトカー含めて、土曜の朝とは思えない車の台数か停まっていた。『万引きでもあったのかな』スーツ姿の警察官と目があったが気にせず通りすぎた。
安楽寺を見付けて裏手から県境に入ると埼玉県側はゴルフ場で、有刺鉄線沿いに歩く。『やっぱり地味だなぁ』予想通りの道だった。暫く行くと上空をヘリが飛んでいる、木々でヘリ本体は見えないため『林業の物資を運んでいるのかな』と思って、複雑な県境になっている採石場に差し掛かった。ここは、稜線から県境が反れて一旦谷底に下るルートになっていた。下りはまだ優しい勾配で忠実に県境をなぞれたが、登り返しは急斜面に県境が走っていて無理であった。仕方なく別のルートで方向修正しながら本線に復帰した。そしてまた暫く退屈な道を歩いた。
このコースで唯一の目立っ山は大仁田山という、県境から少し離れた山である。せっかくなので寄り道して、展望を眺めながら山頂で昼食とした。ハイカーが1人来た、本日唯一逢った人である。
また県境に戻り、今まで通り西へと進むと、目の前にカモシカが登場した。ここ10年でカモシカは急増しているように思える。なお、カモシカは鹿ではなく、ヤギ(ウシ)なんですよ。
終点の小沢峠まで100mまで来て気を緩めてしまい、車の音を頼りに北斜面の派生尾根をグングン下ってきた。峠に出るはずが、車道側に出てしまった、しかもその車道との間には深い谷があった。『引き返すか』急斜面を少し戻ると右手に植林が見え、その植林は谷底の沢まで続いているようだった。『降りられそうだな』そう思って慎重に降り始めた。沢に降りた後、渡れるか、登り返しができるかがポイントになる。河岸に立つと、水量は少なく、降りる所も登り返す場所もあり、息を切らしながらも車道に上がれた。
あとは車道を歩いて、バス通りに行くだけだったが、数少ない信号に捕まった。そして再び歩き出すと目の前をバスが通過していった。20分も待てば次のが来るだろ?その期待はすぐに絶望に変わる。時刻表を見ると40分後だった。待つのが嫌いな照は疲れた足取りで先のバス停へ先回りすることにした。30分以上歩いてバスに乗り込んだ。『これで山間部の県境は完全制覇だ』朝と最後がズッコケではあったが、前回よりは達成感が得られた。
その2日後、照はヤホーニュースで青梅の自称資産家殺人事件を知って驚愕する。『あの時の覆面パトカーと警察官、ヘリの音、これだったのか』まさかの事件とニアミスだった。更に暫くして再びネットニュースで犯人が犯行後に山中に身を隠していたとあり、『出くわしていたら殺されていたかも』と熊より恐ろしい存在を知ったのであった。
【歩行距離19km、行動時間6h、県境11km】

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