『都県境踏破記録 ~3 南高尾山稜で犬の散歩~』

埼玉県民からすると町田市は、神奈川県にあるように思えてしまうのは、東名の横浜町田インターのせいだと照は思う。
都県境は高尾山の奥にある城山から、南方向に行って、大垂水峠を越えて、揚水発電の上池である城山湖の近くまで延びている。その末端には町田市立青少年センターがあり、そこを起点にしない理由はない。さっそく電話で登山目的の駐車について聞いてみると、1つ返事でオッケーを貰えた。
妻の実家は八王子市のほぼ中心にあり、長男を出産したばかりの妻がご両親の元で1ヶ月お世話になっていた。初孫だったのでご両親は熱心に面倒を観てくれていたが、愛犬のダン君とっては大迷惑、基本『構ってちゃん』のダン君、今回は更に『何かワケわからない生き物がいるぞ』って毎日落ち着かずにストレスが溜まっていそうだったので、一緒に歩くことにした。
以前も残雪と凍結がある高尾山に一緒に登ったことがある。甲斐犬とラブラドールレトリバーの混合種と思われる中型の大サイズであり、足も鼻も長いので山を歩いていても何ら苦労する点はない。人間が凍結路で滑って苦労している横で四輪駆動のダン君は涼しい顔をしていた。この犬は♂で去勢もしていないのに、全く吠えないし、噛み癖もないし、グイグイ引っ張る性格でもない。たぶん、自分を犬だと思っていないタイプだ。
話を戻して車に載せて20分程度、ダン君は後部座席で落ち着いた雰囲気である。前回の時には何処に連れられて行くのか不安で落ち着かない様子だったのを思い出した。
青少年センターに着くと、丁度都県境の末端に車を停めることができた。踏み跡は十分にある、県境マニアの人工は意外と多いのか?と考えつつ、入山。クモの巣だらけで苦戦するが、ダン君には関係なしにグイグイ進む。10分も経たないうちに開けた登山道に出た、ふーっと一息付いてクモの巣を拭い取り、再び歩き出す。完全に整備されたハイキングコース、散歩には丁度良く、ダム湖を眺めながら歩く。周りなはトレランは居なくて、シニアハイカーが多い、そして地味な登山道が続く。
下池の津久井湖も見下ろせる展望の良い場所があって、ベンチが並んでいる。休憩しているハイカーが大勢いて食事中、犬の目に毒だからと、立ち止まらずにその前を通りすぎてしまったのは、やっちまったと何年後かに幸男の登山レポートで知ったのであった。
大垂水峠を歩道橋で渡る、下には国土20号が通過していた。折り返し地点は間もなく、すると賑やかな声が聞こえてきた。裏高尾のメインスストリートに合流し、小仏城山の芝生の上でお昼にした。ダン君には煮干しを山ほどあげるとガツガツ食べていた。
群馬の山友達がグループでここに来るはずだがまだ来ていないようだ、食後に寝そべって休憩していたら、聞き覚えのある声がした。振り返ると虎男他、皆さんだった。その中に1人だけ全身着ぐるみがいた。
この人のトレードマークで頭まで付いているライオンだった。売店でキノコ汁を買おうと並んでいたら、次々に写真を求められたと言いながら、何かに怯えた様子で照から遠めに腰かけた。
ザックからフライパンとバーナーを取り出して、お肉を焼き始めた。ダン君はそれを『何しているの?私はレアでいいですよ』と眺めているように見えた。ライオンさんの傍らで行儀良くしているダン君の姿が面白かったので、とても良い写真が撮れた。ライオンさんが話し掛けてきた。『大人しい犬だね、噛みつかれるんじゃないかと怖かったよ』照はやっとモヤモヤした気持ちが晴れた。
犬の目線が気になって、他の人に迷惑を掛けてはいけないので、『お先に~』と残して、帰ることにした。来た道を戻るピストンは殆んどしない照、その理由は退屈で長く感じて、集中力を失うから。
途中でダン君に水をあげると、物凄い勢いでガブガブ飲み始めた。『どうした?』と思いつつ、おかわりを注ぐとそれもガブガブっと。『あっ、お昼も水を上げてなかったんだ、そりゃ飲むよね』前回は雪山だったので喉は乾かなかったけど、今回は11月の暖かい日だった。
城山湖畔に戻って来ると、家族連れで賑わっていて、朝とのギャップに驚かされた。そして、青少年センターの事務所で駐車代金代わりに飲み物を購入して帰ったのであった。ダン君も楽しかったようで、運転中の照の左腕近くに顎を乗せて、リラックスしていた。
実際には都県境は雲取山の鴨沢コース下にある小袖川と、奥多摩湖の奥にある小高い山と、登山道の無い藪道にあるが、照としてはこれで都県境を終了としたかった。幸男からの誘いがなければ。
【歩行距離18km、行動時間7.5h、県境8.5km】

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