『裏路地ノスタルジック』

短編小説 裏路地ノスタルジック

     一.放課後
「裏路地みたいな少し感傷的になる場所ってどう思う?」
一つ上の図書委員の先輩が放課後の夕焼けを眺めながらそう言った。
「僕は別にどうも思いませんよ。でも、どんな裏路地なのかにもよりますけどね。」
僕は裏路地なんて興味がなかったし、通学路も大通りしか通ったことがない。
「私は昔から少し狭くて通る人が少ない道に何か懐かしいものを感じるんだけど、わかってくれないみたいね。」
「ええ、まあ」
当然だ。興味がないものは仕方ない。
「じゃあさ、今みたいに教室に夕日が差し込んでる感じはどう?」
「それはいいかもですね。わかります。」
でもそれはズルい。誰でもそれは懐かしい気分になるはずだ。

「じゃあ次の金曜日の夕方から付き合ってよ。」
考える暇も与えてくれず誘われた。どうやら路地裏には先輩なりの思い入れがあるらしい。でもやっぱり興味ないものはない。
「嫌です。」
「お前は嫌いだ。」
先輩が不機嫌そうに言った。その後何か気づいたようにニヤけた。いやな予感だ。
「じゃあ、お前が今持ってるその携帯電話
先生に言ってもいいわけだ。」
それは困る。いくらこの学校が携帯電話が禁止でも、これは親との連絡用に持ってきているわけでゲームはしない。
「僕も先輩が嫌いです。」
「じゃあ決まりだね。今週の金曜日の夕方校門前で待っててね。うちの担任の話は長いんだ。」

これは断るより穏便に済ませた方が僕のためになる。携帯電話を取られるわけにはいかない。
「いいですよ。わかりました。」
「決まりね。今日はもう帰ろうか。」
この話をするために使った時間で帰れた。僕は正直、学校より家の方が何千倍も好きなのでついそう考えてしまう。
「では、また金曜日よろしくお願いします。」
今日は急いで帰ろう。もう眠たい。

    二.帰路
今日はこの授業が終わった後あまり行きたいとは思わない裏路地への用事がある。
まだ太陽が白く光る時間帯ではあまり行く気にはなれない。せめて夕日が見える時間帯になってはくれないだろうか。
「起立。礼。」
授業が終わった。ちなみにまだ心の準備ができていない。それにまだ夕日も見える気配はない。とりあえず待ち合わせ場所の校門に足を運ぶ。
「お待たせです。今日は終わるのが早かったみたいですね。」
「今日は担任が出張だったんだ。わすれてたよ。副担任の話は短いんだ。じゃあ行こうか。」
まだどこの裏路地に行くのかも聞かされていないのに。せっかちな気もするけれど、ここは素直に従っておこう。

「はい。ちなみにここからどのくらいの場所にあるんですか?その裏路地。」
「ここから十分から十五分くらいの場所にあるんだよね。 そこは私の通学路だし。丁度いいよね。」
僕の家は進んでいる方向とは反対にあるので、足が重い。正直、帰りに時間がかかるの明日が土曜日だとしても困る。
「微妙な場所にあるんですね。もっと近い場所ないんですか?」
今日の僕は少し立場的には弱い。携帯電話を今後も使い続けるために慎重に探りを入れる。
「そんなに帰りたいの?」
先輩が少し悲しそうな顔をしてこっちを見る。先輩はいつも卑怯だ。
「明日は土曜日ですし、時間かかっても気にしませんよ。僕は優しいですから。」
携帯電話を引き合いに出してくると思っていたので、正直びっくりした。ここは優しくしておこう。
先輩も僕も実際には口数が多い方ではないでの移動の半分は無言で歩いた。
突然、先輩が口を開いた。
「そろそろかな。今日来たかった場所。どうかな? この前に話した場所なんだけど。」
「すみません、僕にはまだ早いみたいですね。」
最初から興味がないものは何故か先入観で批判的にみてしまう僕の悪い癖で何がいいかよくわからない。
「きっと太陽がまだ明るいからだよ。散歩でもしてもう少し待ってみない? 時間大丈夫でしょ?」
別にこの後用事もないわけだか待つことにする。


    三.裏路地
だんだん空が赤くなっていくのを先輩と無言で眺めていた。奇麗だ。ずっと見ていた い。
先輩がやっと口を開いた。
「そろそろかな。こういう夕方の時間って “マジックアワー” って呼ばれてるらしいよ。空の景色が凄く奇麗だと思わない?」
確かに。梅雨と夏の間に見える夕日はものすごく奇麗だし、僕も実際好きだ。
「”マジックアワー”って呼ばれてるんですね。確かにそう呼びたくなるのも頷けます。」
「じゃあそろそろ裏路地見に行こうよ。」
先輩がおもむろに一眼レフカメラを取り出した。
「カメラ持ってくるなら言ってくださいよ。僕も一応一眼レフ持ってます。」
仕方ないので携帯電話のカメラで我慢だ。
家は反対方向なので、やはり往復が面倒臭い。
「あら、そうなんだね。持ってるなら事前に言ってよ。まぁ行こうよ。」
少しムカついたが、後ろについて裏路地に入る。
そこに広がっている景色は明らかに太陽の明かりが白い時間帯とは別の景色だった。
壮大な赤から橙までのグラデーションされた空とその明かりに照らされた裏路地は何か懐かしいものがそこにはあった。
用水路を流れる少量の水とその周りに生える苔や雑草。全てがいつも見るようなものとは違って見えた。こういうものが思い出として印象強く残っていくんだろうと感じた。
確かにこの場所を知っていれば誰かに話したくなる。
「先輩が言っていた”感傷的“の意味がわかった気がします。これはいい景色です。ただ、先輩の通学路には勿体無いですねここは。」
「やっぱりお前は嫌いだ。」
「僕は好きですよ。裏路地。また来ましょうね。」

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